話は数日遡る。

 シンやシルヴィ、シャルロッテとおやすみの挨拶を済ませたリィは、自室で机に向かっていた。その手には羊皮紙が握られている。その手紙は母からのものだった。

『そういう話は出ています。神殿から何度も遣いが来ていることも事実です。返事は保留にしてあります。リィは、どうしたい?』

 皇太子妃となる覚悟はあるのか。それとも、別の人と道を歩みたいのか。

 その問いを胸の中に仕舞い込み、リィは考える。従兄のルドルフの、優しげな紫暗色の瞳を思い出す。

 家族で初めてミルトゥワを訪れたときから、彼は優しかった。皇太子という立場のせいか、なかなか本音を見せない人でもあったが、付き合う時間が長くなるにつれ、徐々に本当の笑みを見せてくれるようになった。恐らく、あまり身分を気にしないシンとリィは、彼にとって貴重な、“自分”を見せられる相手であったに違いない。

 リィたちが地球に行く直前には、その細い肩に伸し掛かる重圧に耐える辛さも垣間見せてくれた。その彼を傍で支えることは、リィにとってやぶさかではない。

 ……けれど。

 リィは両手をそっと、胸に当てた。

 どうしても捨てられない想いが、ここで育っている。





 賑やかな声が遠くに響く、静かな図書室内。天神学園の生徒は総じて体を動かすのが好きなのか、あまり人が立ち寄らない場所である。

 それでも誰もいないということはないので、誰も近寄らない奥の奥、歴史書の並ぶ書架の裏にリィと霸龍闘は座り込んだ。

 小さなレジャーシートを広げて取り出したのは、弁当ではない。自分たちの愛銃の手入れ道具である。こんなところで銃の手入れなどするな、と怒られそうだが、他の場所は寒いのだ。