「わたくしが、一秒で負けると?」

「一秒も持たねぇって言ってんだよ」

「ふざけるのも大概になさいませ……!」

 シャルロッテは少年に怒りの視線を送った後、双子の妹を振り返った。鋭く睨みつけてやると、ふわふわのツインテールに優しげな翡翠色の瞳を持つリィは、困ったように肩を竦めて眉尻を下げた。

 弱々しい。

 シャルロッテは一笑した。

 こんな弱々しい者に負けるなど有り得ない。

 そう思うのに。

「シン……だめだよ。この人……この方は、皇女様だもの……」

「いいんだよ! 勇者の娘のくせに弱いとか大したことないとか、ぼーっとした顔してるからだとかブスだとか言いやがったんだぞコイツ! リィの方が強くてかわいいのに!」

 そこまで口汚くは言っていないが、確かにシャルロッテは無様に負けたリィにそう言った。その言葉こそがシンを憤慨させていることなど、彼女は気づいていなかったが。

「でも……」

「いいからやっちまえ! リィがやらないなら俺がやるぞ!」

「それは、だめ」

 兄に任せたら手加減しないだろうと判断したのか、リィはシャルロッテの顔色を伺うように視線を送った。シャルロッテはギリリと奥歯を噛む。

「わたくしに勝てると思っているの……!」

 彼らの言動は自分を馬鹿にしている。

 そう思った彼女は、持てる力の全てを持ってリィに突っ込んだ。鋭い拳がリィの愛らしい顔を直撃する、その寸前。

 ぐるりと視界が回り、地面の上に転がされてしまった。

 何が起きたのか解らず、何故地面に転がったのか解らず、シャルロッテは一瞬戸惑った。けれどもすぐに起き上り、リィに攻撃を仕掛けた。何度も何度も拳を撃ち込んだ。けれどもそれらすべてがかわされて、払われて、また地面に転がされた。

 愕然とするシャルロッテを見下ろす、心配そうな翡翠色の瞳。そして、上空に広がる青空よりももっと蒼い深海色の瞳が、『ざまあみろ』と見下ろしてくるのが信じられなかった。

 その後も、何度も何度も地面に転がされた。悔しくて、涙ぐみながら立ち向かった。

 けれども、まったく敵わなかった。

 立ち上がれないまでになる頃には、シャルロッテの心に怒りはなかった。

 その代わりに、ジリリ、と何かが燃え上がった。