花音の元に善が帰ってきたのは、そんな風に花嫁修業を始めた頃だった。

 久々に顔を見たと思ったら、彼はいきなりこう言い出した。

「花音、ご家族の方はお屋敷にご在宅だろうか。今からご挨拶に伺いたい」

 いきなりだ。

 この人はいつでも突然である。

「ふ、ふええええ?」

 驚く間も無く橘邸に連絡を入れさせられ、なんと両親も二人の兄夫婦とも揃っているとのこと。それを聞いたときの善の行動の早いこと早いこと。花音の手を引いて橘邸までまっしぐら。


 そうして奏一郎、律花夫婦、和音、水琴夫婦、拓斗、ペイン夫婦、それに琴音と玲音、影からシン、リィ、シルヴィも見守る中、善は刀を脇に置き、絨毯の上に正座した後、深々と頭を下げた。

「お嬢さんとの結婚を、お許しください」

 なんとも堂々とした姿にみんな優しい目を向けていたのだが、奏一郎だけは顔を引きつらせた。そんな彼に気づいた律花が、「奏一郎さん」と声をかける。

 奏一郎は口をへの字にして頭を下げる青年を見下ろしていた。ぷるぷると震える拳を握り締め、目を閉じる。

「……善くん」

「はい」

 善は頭を下げたまま、奏一郎の言葉を聞く。

「花音は、誰よりも泣き虫だ」

「はい」

「誰よりも甘えん坊だ」

「はい」

「誰よりも寂しがり屋だ」

「はい」

「我侭で、少し子どもっぽくて、迷惑をかけることもあるだろう」

「……いえ」

「だが!」

 否定しようとした善の言葉に被せるように、奏一郎は続けた。

「世界一かわいくて、世界一愛おしい、僕の、たったひとりの娘だ」

「──はい!」

「善くん」

 奏一郎は善の向かいに正座し、そして深々と頭を下げた。

「娘をよろしく頼みます。どうか幸せにしてやってください」

 善は顔を上げた。同じく顔を上げた奏一郎と目があった。視線を交わしただけで父の想いが雪崩れ込んでくるようで、善はしっかりと頷いた。

「はい。この夕城善、命を賭して花音殿を守り通し、必ず幸せにすると誓います」

「うん……うん!」

 奏一郎は涙ぐんで、善の肩に手を置いた。

 周りにいる家族たちからも安堵の笑みが零れ、そうしてその日、橘邸は大宴会となった。