高校の頃から想い人と文のやり取りをして、清い交際を続けてきた橘家令嬢、橘花音。

 周りがヤキモキする中、マイペースに愛を育んできた恋人たちは、先日、やっと婚約することとなった。

 それを知った天神学園関係者たちが、喜び勇んで婚約祝いパーティを開いてくれたのだが、その日から婚約者、夕城善が姿を消した。

 確かに何やら思い詰めた様子ではあったが、彼が思い詰めるのは割とよくあることだ。はて、今回は何を思い詰めていたのか。

 善の言動や仕草を思い返していた花音は、ふと、あることに気づく。

「よ、呼び捨て……!」

 そういえばあの夜、善は『花音』と呼んでくれていなかったか。あれ、そうだよね。あまりにも自然でまったく気づけなかったけど、ようやく気づいたよ。

「うわあ、うわあ……!」

 ぼぼぼっ、と、音がしそうな勢いで顔が赤くなる。

 赤くなる頬を両手で押さえ、巨大うさぎぬいぐるみ五所川原が鎮座するベッドを何往復も転がる花音。……あなた、いくつになったのでしたっけ。

 そんなこんなで数十分。

 ようやく火照りが引いて気持ちも落ち着いてきた。

 そうだ、善だ。彼からの連絡が最近なく、行方不明なのだ。何やら思い詰めた様子だった彼が最後に残した言葉は、『果たして俺は花音のために何かしたことがあっただろうか……』

 そんなことはない。

 この間、婚約指輪とオレンジ(うさぎのぬいぐるみの名前)を貰った。

 たくさんの文をくれた。

 たくさんの想いをくれた。

 初めての恋で、楽しいことも、嬉しいことも、苦しいくらいのドキドキも、待つことの辛さも、その後に逢えたときの愛おしい気持ちも全部、善が教えてくれたことだ。

 そのことをきちんと伝えなくてはいけないのだと気づき、花音はスマホを手にした。

 そういえば善の番号は知らないのだった。だから、かけた先は彼の居候先、夕城家。

 電話に出た奥方が、こう教えてくれた。

『善さんなら世界一周旅行に出かけましたよ』



 ……あれ?