(櫻井先生は……)

 リィの翡翠色の目が輝きだす。

(先生は……)

 なんとなく分かっていた。けれども今、この瞬間、はっきりと認識した。

 以前に眼鏡を取ろうとしたときに、軽く威圧してきたあの笑顔。シンをあしらう軽妙な技。そのどれもが彼の『本気』ではなかった。

 だが今、本気で挑みかかってきたシンに対しては、本気で返してきた。あのまま適当に相手をしていたら、シンは怪我をしていた。それを最小限にし、なおかつシンの戦意を殺ぐやり方を、この一瞬で選択した。

 望まない者には優しさを。

 けれど望む者には痛みを。

 その時の判断で使い分けられる攻撃性を持つ聖は。

(偉大なるS(グランドサディスト)だ……!)

 自分の勝手な想いだけで相手を傷つけるのは、真のSとは言えない。

 真のSとは、相手が望むように出来なければ──相手を“悦ばせる”、細やかに気遣える優しさがなければ到達できない域にある。

 何を語らずとも、建前の『イヤ』と本気の『イヤ』を見分けられる。それがSの中のS。偉大なるSなのだ。

 ちょいSのリィは、憧れと尊敬のまなざしを聖に向ける。

 同時に、困った顔もした。

「先生……それでは、だめ」

「え?」

 眼鏡をかけ直した聖にリィは言う。

「シンは……」

「先生!」

 がばっと起き上がったシンは、床に正座をしてまたがばっと頭を下げた。

「弟子にしてください!」

「……先生が思っているよりずっと、強い人が、好きなんです……」

 そして馬鹿なんです……と、リィは続けた。

「あー……」

 そうして聖も困ったような笑みを浮かべた。

「な、なにが? なにが起きたんです?」

 そして琴音は何が起きたのかさっぱり分からず、更に困惑した顔をしていた。