頭から湯気を立ち上らせていた花音は、危うく真吏の真面目な惚気を聞き逃すところだった。

 少しだけ、真吏を見る目が変わった花音である。

「……。はい」

 最終的には頷いて、花音は社長室を出て行った。


 準備を怠るな。

 そう言う真吏や更紗の言葉も分かる。けれど。

 善の夕城分家の跡取りとしての役目を知っているからこそ、手紙に書いては消し、書いては消した内容。

 不安が、ないわけではない。





 花音が帰った後、ショートカットの髪でボーイッシュな印象のある秘書、十夜が書類を持って社長室を訪れた。

「真吏、今日も花音ちゃんに厳しいことを言ったんじゃないの? また涙目だったよ」

「仕事と結婚の話をしただけだ」

「……なら、どうして」

「あれは私に怯えているからな。私もどう扱ったら良いのか分からんのだ。相変わらずプルプルとうさぎのように震えおって。……あれでは、一部マニアに目をつけられて攫われてしまうだろうに」

 どうやら真吏、花音を心配しているらしい。その心配が怖い顔になっているらしい。別にぬいぐるみを馬鹿にしているわけではなく、なんかかわいいから心配だったらしい。不器用な社長である。


 彼は一人っ子だ。

 そして十夜も一人っ子だ。

 故に、親戚でも一番の末っ子、花音のことは妹のように思っている。

「なら、心配だって言いなよ。あんたはいつも、言葉が足りない。そして笑顔が足りない」

「心配だとは、今日も伝えたはずだが……うむ、気をつけよう」

 真吏は素直に頷いた。


 しかし次の月も、花音はぷるぷる震え、怯えていた。

 十夜からは「笑顔!」と怒られた。