「すまない、待たせたな」

 しばらくして、黒い革張りの椅子から立ち上がり、真吏は花音の前のソファに座った。

「月次報告書を貰おうか」

「は、はい」

 花音は両手でクリアファイルを渡す。店の売り上げ管理は花音に任されていた。今日はその報告である。

 厳しい目で報告書に目を通す真吏に心臓をバクバクさせていると、やがて息を吐いて顔を上げた。

「順当だな」

「ありがとうございます。これも真吏くん……お、オーナーのおかげです」

「うむ。感謝しろ」

「は、はいぃ」

「それから」

「は、はいぃ!」

「お前も演奏活動の傍らでは生産が難しいのだろう」

「は、はい、ちょっとずつ、作ってはいるんですけど」

「顧客が増えてきたのは良いことだが、在庫が無くては信頼を失う。ぬいぐるみ以外の商品は工場を手配する。良いな」

「は、はい、お任せします」

「新しいデザインは出来たか。見せてみろ」

「は、はい」

 花音はもうひとつのクリアファイルを真吏に渡す。

 ファイルの中はうさぎだらけだった。

 小物、文房具、日用品、バッグやヘアアクセサリーなど、すべて愛らしいうさぎの商品のイラストだ。

 花音の店はその名もすばり『KANON』と言い、五所川原を中心としたうさぎグッズ専門店である。
 
 何故五所川原を商品として売るようなことになったのか。

 端的に説明すると、花音はヴァイオリン公演のとき、いつも五所川原を持ち歩いていた。御三家としての橘家の令嬢として、世界的マエストロ橘奏一郎と天才ヴァイオリニスト橘律花の娘として、そして同じく天才ヴァイオリニスト橘和音の妹として、常に注目を浴びていた花音が持つ五所川原。それが聴衆の目に留まったのがきっかけだった。