世界随一と言われる企業グループ、柊。

 その柊コーポレーションの本社ビル最上階社長室に、黒いうさぎのぬいぐるみを抱いた少女のような女性がいた。

「し、失礼しますだぴょん……」

 気をつけていたつもりが、緊張のあまり思わず零れてしまった口癖。しまった、と思ったときにはもう遅い。

 部屋の奥、前面硝子張りの窓の前にある執務机に、さらりとした黒髪の青年が座っていた。彼はノートパソコンに向けていた視線をチラリと上げ、花音を見ると侮蔑とも取れる溜息を吐いた。

 花音は身を竦めて自動ドアの前に立ち尽くす。

 しばらくパソコンのキーボードを打つ音だけが部屋の中に響いていたが、やがて低い声が届いた。

「……花音」

「は、はいぃっ」

「何をしている、早く座らんか」

 視線はパソコンの画面に向けたまま、彼は言う。

「は、はいぃ……」

 花音は顔を引きつらせながら頷いて、言う通りに執務机の前に置かれた革張りのソファに座った。

 ほう、と一息ついて、黒いうさぎのぬいぐるみを抱きしめる。

 名をさぶちゃん、隠し名を善くんというそのぬいぐるみは、花音にとって五所川原に匹敵する彼女の騎士である。

 それもこれも、この怖い人に会うため。

 柊真吏(ひいらぎ しんり)。

 花音にとっては親戚にあたる人物で、兄の和音とは同級である。親戚だからか、顔立ちはどことなく和音に似ているのだが、兄のような柔らかな雰囲気は一切ない。無表情で言葉が鋭く、彼と会話をしていると精神が磨耗していくのが分かった。

 しかし月に一度ほど、花音は彼に会う必要があった。

 彼が、花音の『雇い主』だからだ。

 花音は本業である演奏家の傍ら、小さな雑貨屋のデザイナーをしている。その店のオーナーがこの人、柊真吏なのだ。

 大企業の社長、しかも、御三家筆頭柊家当主が何故、小さな雑貨屋なんかのオーナーになっているのか。