「リィファちゃん?」

 静かな声で訊ねられて、リィははっとして手を引っ込めた。

 ほぼ無意識に“何か”を確かめようとして出た行動に、リィは自分でも少し驚いていた。聖は主治医の先生だが、勝手に眼鏡を抜き取るほど親しい間柄というわけでもない。

 失礼なことをしてしまったと、リィは頬を赤らめる。

「あ、あの……ごめんなさい」

「いいけどね」

 聖はくすりと笑った。

「これを取られると困るんだ。この辺りは色んな力が渦巻いているし、君たちの力も強過ぎるから」

「……え?」

 リィは聖の言葉に、目を丸くした。

「だから、取っちゃ駄目だよ」

 聖はそう言って、妖艶にも見える綺麗な微笑を浮かべた。




 
 その後、お茶の用意が出来たと知らせに来た琴音とシンとともに、別の客間の方へ移動していった。その道すがら、リィはシンの頬に擦り傷を見つけた。

「……それ、どうしたの?」

「あ? ああ、これ? ……いや、あの先生にちょっと殴りかかってみたんだけど、そん時よろけて机の角にぶつけた」

「……何してるの?」

「だってあの先生、強そうだろ? 確かめてみたくて」

 どうやらシンも聖に対して何かを感じているようだ。

「……それで、どうだったの?」

「全部かわされた。十発打ち込んだんだぞ?」

「シンのパンチを全部?」

「本気でやったんだけどな。しかもあの先生、攻撃を受けたなんて全然気づいてないっぽく笑いやがった。……偶然避けたみたいにしてたけど、ぜってー違う。俺の本気を余裕でかわせるヤツなんだ。……何者だよ、あの人。拓斗さんや和音さんの知り合いなんだろ? やっぱ鴉さんみたいな人間に化けた妖怪とかじゃね?」

「……違うと思う」

 リィ、そしてシンは琴音と並んで前を歩く聖を見る。

 精霊たちに敬われ、シンの攻撃をすべてかわし、魔力を見ることが出来る人物。

「……もっと、高いところにいる人だよ」

 そんな気がしてならなかった。