いつも自由に、楽しげに飛び回っている精霊たちが、今日は大人しい。……いや、この人の前だからこそ、大人しい。

 ピンと背筋を伸ばして、静かな微笑を湛えて、時には頭や体に張り付いて頬を染めたりしながら聖を見ている。

 精霊たちは気高く、そして臆病だ。人の多い場所などでは姿を見せることはなく、また、このようにベタベタとくっついてくることはない。

 これだけ慕われているのだ。もしかしたら彼も精霊使いなのかもしれないと思ったこともある。けれども違う。彼は見えていない。眼鏡のレンズの向こうにある綺麗な相貌は、頬を上気させながら横切る精霊たちを追わない。見えていない。

 では、この度の入っていない眼鏡が。


「そうそう、拓斗くんの話じゃ、大分激しい修行らしいね。怪我とかは大丈夫?」

「はい……問題ありません」

「自分たちで治せるとは聞いてるけど、気をつけてね。特に女の子には傷をつけてほしくないから」

「……そう、ですか?」

「俺は娘がいるから特にそう思うのかもしれないけど。でも君のお父さんも心配していると思うよ。気をつけてな?」

 そう言って微笑む聖は、父親の顔だ。

 彼も娘がいると言っていた。だからだろうか、リィを心配する言葉を発するときは纏う空気も和らぎ、眼鏡の奥の相貌が優しくなった。その笑顔が父、フェイレイと重なる。

 ……おかげで、すんなりと手が出てしまった。

「じゃあ、次に来るのは二週間後になるけど、それまでに何かあれば……」

 聖がリィからカルテに視線を移そうとしたその瞬間、リィは手を伸ばして黒縁眼鏡を抜き取ろうとした。

 けれど。

 その手は寸前で、聖の大きな手にやんわりと阻まれた。