お嬢様然りとしていていつもおしとやかな琴音が、この先生が来ると目に見えて浮き足立つのが分かる。頬を染め、目を潤ませ、まるで恋する乙女のような顔で聖と会話をするのだ。しかし玲音から言わせると「あれは恋に恋する乙女。アイドルを見て騒ぐのと一緒だよ」ということらしい。

 リィには琴音が夢心地になるのも分かるのだ。

 聖は高身長に整った顔立ち、落ち着いていて包容力のある大人の雰囲気を持ち、甘く低い声で身の内を翻弄してきて、クールな顔から時折優しげな笑顔を零して止めを刺す。そんな風に外見だけで人を魅了出来る人だ。

 その上に医者という肩書き、柊グループ総帥ら、錚々たるメンバーと繋がる人脈を形成、といった社会的地位がプラスされれば、憧憬を抱かずにはいられないだろう。

 けれどもリィが緊張するのは、彼のそういったところではない。


 更にペンを走らせていた聖は、何か考え事が出来たのか、そのペンをコツン、と黒縁眼鏡に当てた。その仕草を見ながら、内心頷くリィ。

(……やっぱり、伊達眼鏡、だよね……)

 聖の眼鏡には度が入っていないようなのである。レンズ越しに見ても、顔の輪郭にほとんど歪みがない。恐らく視力の矯正は必要ないのだろう。

 だったらこれはファッションなのだろうと思えばそうなのだが、普通、診察するのに伊達眼鏡は邪魔ではないのか。けれども橘邸に来るときには必ず眼鏡をかけてくる。その理由はなんだろう。

 それに、180センチくらいありそうな身長に細身の体躯は、白衣の上からでも鍛えているのが分かる。患者を診るのに体力は必須だろうが、武道を嗜むリィから見れば、その筋肉のつき方は素人ではない。