「リディルー」

 フェイレイはとんとん、と自分の頬を指で叩き、次に唇をとんとん、と叩いて見せた。

「リィからの情報、試してみないか?」

「え……」

 その意味に気づいて、リディルはチラリとクードを振り返った。その表情には少しだけ照れが見える。

「……今更何が恥ずかしいんだ」

 無表情で呟く低い声には呆れが混じっていた。そりゃあそうだ。この夫婦、危険な旅をしているというのに四六時中イチャコラしている。

 歩いているときも、食事中も、寝るときも。交わされる視線はまるで付き合いたての恋人同士のように瑞々しく、甘い。戦闘中ですらその雰囲気が抜けていないように見える。

「キスで痛みが引くなら、試す価値はあるかもしれないよ? ついでにストレスも緩和出来るし」

 フェイレイは言う。

「うん、それは分かるけど……」

 リディルはチラチラとクードを見る。クードは無表情だ。

「試してみて、効果があるならクードにもしてやろう。怪我してるだろ?」

 クードは無表情を少し崩して、赤い瞳を見開いた。何故気づいた、という顔だ。

「クード、怪我したの?」

「大したことはない……」

「じゃあ、治さないと。痛いと辛いし、疲れも取ったほうがいい」

 リディルは頷き、そしてフェイレイと向き合った。痛みが消えるかどうか、試す気になったのだ。

 それはクードにもしてやろうということだろうか。そんな皇女の後姿に、珍しくうろたえる(しかし表情は変わらない)クード。

「いや……しかし」

 キスというのは魔族のクードにとっても特別な愛情表現であるし、まさか猊下(魔王のこと)の愛した娘(リディルのこと)からそのような行為を受けるわけには──。

 なんて、彼にしては珍しく動揺していた。

 だが。

「心配するなよ、俺がやってやるから」

 フェイレイが、にっこり微笑みながらそう言った。

「……激しく遠慮しておこう」

 クードは超真顔で拒否した。

 勇者は嫁の貞操を守るためならば、性別も種族も厭わないツワモノ(勇者)であった。