ルドルフの私室は宮殿の外に通じる隠し通路があり、駆け回る騎士団や侍従たちの隙をついて、見事部屋まで戻ることが出来た。

 戻ったタイミングで、侍女が部屋をノックして入ってきた。

 赤毛の三つ編みのかわいらしい侍女は、あのヴァンガードの妻であるセレナだ。宮殿で働く彼女は皇家の流れを組む由緒ある名家の娘であり、カイン専属の侍女だった。

「殿下、シンくん、リィさん、お疲れ様でした。お茶をご用意いたしますね」

 ヴァンガードから事情を聞いているのだろう彼女は、どこへ行っていたのかも詮索することなく、淡々とお茶の用意を整える。

 穏やかな顔で白い茶器を傾けるセレナに、シンは複雑な心境になった。

「セレナなら安心だ。余計なことは話さない。シン、お茶の前にリィをベッドに寝かせてやるといい」

「ああ、借りるぞ」

 シンはリィを背負ったまま、居間から続く寝室のドアを開けた。


 セレナはいい人だ。

 宮殿に遊びに来ると、いつも笑顔でシンたちを迎えてくれる。

 でも……でも。

「絶対、リィの方がかわいいのに」

 ふくれっ面で、そう、呟く。


 豪華絢爛な壁に囲まれた広い寝室の真ん中に、一人で寝るには広すぎるのではないかという、天蓋付きのベッドが置いてある。それにふくれっ面のまま、四つん這いでよじ登った。

 そこで、シンはガクリと力を失う。

「ねむい」

 本当はリィと一緒に寝てしまいたかったけれども、それではルドルフに迷惑をかけてしまう。それに、妹を守るのは兄の務めだ。だからこうして頑張ってきたのだけれども、ここはもう安全な場所だし、少し休んでも大丈夫だろう。

 背負っていたリィに押しつぶされて重い。

 けれどもそれを退ける気力もない。

 ちょっと重いけれど、それほど苦になるわけでもないし、リィを布団代わりにして寝ておくか、とシンは目を閉じた。