「リィ、服貸して」

 リィが寝室の机で読書をしていたところにシンがやってきて、唐突にそんなことを言い出した。

 リィは首を傾げる。

「なにするの?」

「俺が着る」

リィはぼんやりした目をシンへ向けたまま、数秒固まった。

「……シンが、着るの?」

「ああ」

「…………シンが、着る、の?」

「だからそう言ってるだろっ」

 リィの翡翠色の瞳は戸惑いに揺れていた。しかし至って真面目な顔で、堂々とした佇まいをした兄がいるものだから、うん、と頷いて、クローゼットを開けた。

「どんなの……?」

「なんでもいい。女に見えるヤツ」

「……そう」

 リィはハンガーにかけられたワンピースや、引き出しに入れてあるインナーやスカートの中から、女の子らしい、かわいいデザインのものを選んで取り出す。

「こういうの……?」

「ああ、それでいいかな」

 今見せた白いワンピースをやると、シンは頷いて受け取った。

 リィはジッと、兄を見つめる。

 シンはワンピースをぐるぐる回して眺めた後、気持ちいいくらいの脱ぎっぷりで着替えを始めた。

(……シン……)

 リィの瞳は更に戸惑いに揺れている。

 まさか。

 まさか、兄が女装に目覚めるとは。

 人の趣味を否定する気はない。この世界には『男の娘』なる性別を持つ者が存在することを、様々な文献を読んだリィは知っていた。実際に『オカマ』と呼ばれるタイプの人がこの橘の屋敷で働いていたので、特に差別意識は持っていなかった……はずだった。

 それが血の繋がった兄となると、戸惑いがあるのは事実だ。