『逃げろよっ……!』


 喉の奥から搾り出すように叫ぶと、更にツインテールが揺れた。

 何故、と震える小さな背中に問いかけると、バタフライナイフを握る手に力が込められた。


『いっしょに、いくの。シンを置いてなんか、いかない。いっしょに、にげるのっ……!』


 そんなことは無理だと思った。

 シンは瓦礫の下敷きになっていた。落ちてきた瓦礫から妹を庇った結果だった。もちろんリィはすぐにシンを助けようとしたのだが、彼を押し潰す岩は、リィの力ではどうにも出来ない重さだった。

 それだけではない。

 長く太い首が、目前に迫っていた。

 引っくり返るほど見上げねばならない巨大な九頭(くず)の竜が、弱き者を嘲笑うかのように咆哮をあげる。

 ビリビリと震える大気。それに晒される体は心ごと凍る。

 それでも退かない。

 背けられた顔はきっと涙に濡れていて、今すぐにでも逃げたいと思っているに違いないのに。小さな妹は退かないのだ。それどころかシンを守ろうと、あの巨大な敵に立ち向かおうとしている。

(俺の、ために)


 そう、『俺』のために、妹は。

 動けない兄を守ろうとして、長い首に呆気なく跳ね飛ばされた。

 触れるだけで肉が斬れる、硬く鋭い鱗を持つ竜の首に跳ね飛ばされた体は、岩盤に叩きつけられてまた跳ねて、少しだけ転がって、そして動かなくなった。

 獰猛な殺意を抱く、兇賊の領域に踏み入った者への制裁はなおも続く。

 血塗れで動かなくなったリィに、竜は大口を開けて襲い掛かかった。