橘家には色んな娯楽施設があるが、この屋内プールもそのうちの一つ。

 本邸から繋がった先にある、屋根が開閉式の50メートルプールは、レーンの数こそ6つしかないものの、きちんと記録が測れるよう、タッチパネルが採用されている。

 このプールは橘家のものだが、屋敷で働く大勢の家人たちのために造られた施設でもある。他にも体育館、テニスコート、馬場やゴルフ場、映画館にミニコンサートホールなどがあり、時折橘家の家人やその家族が余暇に楽しむ姿が見られる。

 そんな恵まれた環境にホームステイしているシンとリィ、そしてシルヴィは、ありがたくその施設を使わせてもらっているのだ。



「わ、速い」

 プールサイドでシンが泳ぐのを見ていた琴音が、手を叩いた。

 100メートルをクロールで泳ぎ切ったシンが水から顔を上げると、電光掲示板には『50秒98』と表示された。

「日本中学男子の記録とほとんど変わりませんよ。オリンピックを目指しませんか?」

 そんな提案をされるシンだが。

「えっ、一番じゃないのか」

 と、不満げだ。

「一番は、50秒66……世界記録は46秒91……」

 タブレットを持ったリィがそう答えると、シンはザバッと水から上がった。

「もう一回!」

 飛び込み台に上がると、波飛沫をほとんど上げない、綺麗なフォームで水の中へ戻っていく。

「兄ちゃん、がんばれっ、兄ちゃん、がんばれっ」

 シルヴィはシンの速さに合わせて、プールサイドをピョコピョコ走っている。その後ろから、

「シルヴィ様、プールサイドを走るのは危険です。転んでお怪我をされたらお父様とお母様が悲しみますよー」

 と言いながら玲音の専属執事、東条がついてくる。上は執事服なのに足元がサンダルという、なんだかおかしな格好で。