橘琴音、9月16日生まれの乙女座な小学五年生。腰まである漆黒の髪と、同じく漆黒の瞳を持った美少女である。

 両親ともにヴァイオリニストで、彼女もヴァイオリンを習っており、すでに国際的なコンクールでの上位入賞経験がある。

 仕草は楚々としていて優雅。成績も良く、英語、フランス語は日常会話なら問題なく話せるトライリンガル。運動は少し苦手なようだが、特別悪いということもなく、天は二物も三物も与えたのか、と言いたくなるような才色兼備だ。

 だが、そんな彼女にもどうしようもない欠点があった。

 ヴァイオリンを奏でる指は滑らかに、細やかに、あんなにも速く動くというのに。

 どういうわけか、家事に関しては果てしなく不器用だった。



「んじゃ、ちょっと作ってみてよ」

 一緒に料理を作ろうと約束してから何週目かの土曜日。

 シンとリィは白いフリフリのエプロンと三角巾をつけて、橘家のキッチンにいた。

 レストランの厨房くらいには広く、設備の整った橘家のキッチン。そこで同じく白いエプロンと三角巾をつけた琴音が、真剣な表情で頷いた。

「分かりました」

「琴音ちゃん、落ち着いてねー」

 少し離れたところで椅子に座り、やはり白いエプロン、三角巾を被った玲音が声援を送る。

「ええ、頑張りますわっ」

 琴音は腕まくりの仕草をしながら、まずは薄力粉の袋を手にする。今日作るのは以前シンとリィに無言でもくもく食べさせてしまったクッキーだ。お手軽に簡単に作れるお菓子のはずなのに、何故だかあのクッキーは苦く、しょっぱく、食感が餅のようだった。