初めてミルトゥワを訪れたのは8歳のとき。月の大きな夜の長い星から渡ってきたその星の皇都は、石造りの大きな建物が連なる大都市だった。

「迷子になるからちゃんと兄ちゃんについてこいよ」

 偉そうにそう言ったシンは、言った傍から人ごみの中に消えてしまった。父様と母様も「またか」と苦笑いしてシンを探す。私は広い道の端で、みんなが戻ってくるのを待っていた。

 そのとき、名前を呼ばれた。

 私の名前じゃなかったけど。

「リディル……さん?」

 母様の名前を呼ぶその声に顔を上げる。

 水色の髪の男の人だった。私を見て切れ長の瞳を大きく見開いている。

 ……だぁれ? と首を傾げたら、その人が膝を折って私と目線を合わせてくれた。

「君、名前、は……?」

 喉の奥から絞り出したような、掠れた声でそう訊ねられて、もしかして、と思った。

 父様と母様はいつも私たちに、大切な仲間の話を聞かせてくれていた。泣き虫で細くて小さい、水色の髪の、きれいな人の話を。

 目の前にいる人は、想像していたよりずっと大きい、大人の人だったけど……ミルトゥワに帰ったら一番に会いたいって、言ってた人だ。

 父様と母様がいつも懐かしそうに、優しい顔でそう言うから、私もずっとずっと、会いたいって思っていた。だからきっと、間違いない。

 そう確信したら、赤いものが横から突っ込んできた。水色の人が、赤いものに吹き飛ばされて煉瓦塀に突っ込む。

「お前! 俺の妹に変なことしようとしてただろっ。この変態! ロリコン!」

 ……水色の人に飛び蹴りを食らわせたのはシンだった。

 そんなことを言われてちょっと動揺する水色の人を置いて、シンは私を引っ張って逃げようとする。

 だめ。

 シン、だめだよ。この人は。

「ヴァンガード=ユウリ=エインズワース?」

 水色の人を見上げてそう問いかけたら、その人は大きく目を見開いて。

 水色の瞳にみるみる涙を膨れ上がらせて、泣いてしまった。

 シンはビックリして、慌てて水色の頭を撫でて慰めた。私は間違っていなかったことに嬉しくなった。


 ──ほら、『泣き虫のヴァン』だ。



 澄んだ水色の瞳から零れ落ちる、綺麗な涙。

 それは私の記憶を鮮やかに彩る空の色。

 鮮やかすぎて痛みを伴う、過去の記憶。