「……何してんの?」
彼は、距離十五センチで私の顔を見つめながら問いかける。
「なんか気が動転して……とりあえず、あの原稿を濡らさないようにせねばと……」

そう言うと、彼は一瞬瞳を大きく揺らした。
よく分からないけれど、頭の中にあの完成度の高い漫画が浮かんで、それが雨で滲んでしまったら……と考えたら、自然と手が動いてしまったのだ。

彼は、流し目のまま、私の頬に手を滑らせ、雨で頬に貼り付いた髪を除け、呆れたように囁く。
「……バカだろ、俺より原稿かよ。漫画描くのは俺なんだから俺にかけろよ」
「祥太郎君は拭けばいいだけじゃない。原稿は滲んだら元に戻らないよ」
「スキャンしてあるから大丈夫」
「あ、そうなん……え、待って待って待ってなに!?」


安心して顔を上げると、彼の唇が私の唇に触れようとしていた。
慌てて彼の顎を手で押し上げ顔をそむけさせると、その手を強引にはがし取られた。

「い、今キスしようとしてませんでしたか……まさかとは思いますが」
完全に動揺しきった声でそう問いかけると、彼は顔色一つ変えずにこう答えた。

「え、だって今そういう流れだったじゃん」
「なんじゃそら!! 意味わからん!!」

私は祥太郎君の胸を押しのけて、ダッシュでコンビニまで走って向かった。
コンビニで彼と会うのは気まずかったから、私は二軒先のコンビニまで走って向かった。

さっき起こったことを何一つ理解できないまま、私は逃げるようにひたすら速く足を動かした。