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「やばい、遅刻しちゃうっ……」
四月、私は無事に新社会人となった。
似たような形のビルがいくつも建っている路地を抜けて、私は会社を目指していた。
研修を終えていよいよ今日から本社での配属となる。不安で胸がいっぱいのまま、ローヒールの靴で走った。
「出口1つ間違えるだけで迷路だよ……」
何度も面接できたはずなのにいまだに道に迷う自分の方向音痴さにあきれながらも、なんとか会社に着いた。
セキュリティーカードで編集室に入ると、すぐに先輩に名前を呼ばれた。
「おお、文月、ギリギリだな」
ちゃんとすれば男前のはずなのに、面接をしてくださったこの須藤先輩は、いつも無精ひげによれよれのシャツを着ている。
「すみません。須藤さん、今日からよろしくお願いします」
採用枠はたった二人で、同期は私とは違う部署なので、編集部の新人は私一人だ。
あいさつもそこそこに、すぐにパソコンやデスク、資料の保管場所や基礎的な仕事の流れを説明されて、午前の業務は終わった。
「午後からは直属の先輩をつけるから、そいつに教えてもらえ」
突然教えてくれる人が変わることに少々戸惑ったが、私ははいと返事をして忠犬のように後をついていった。
どうやらその先輩は中途採用らしいが、大変優秀で、元職場が教育関係だったこともあり、教えるのが上手だという。
だから新人教育をここ数年任せっきりにしていると、須藤さんは言った。
「じゃ、この会議室で待ってれば来るから、さっき教えたこと復習しといて」
「はい、復習しますっ」
さっきからオウム返しのような返事しかできてないガチガチの私に、須藤さんはいたずらに言い放った。
「あいつは結構気難しいからな、怒らせないように気をつけろよ」
「ど、努力します」
「今の、ただの脅しね」
「え、あの……」



