私は病気

お仕事は様々だった。主にJICAの対中国ODA(政府開発援助)、NHK、横浜地方法務局、横浜市役所などだった。
法務局の帰国者国籍認定では、相手に同情し、泣きながら通訳したこともあった。
JICAで中国出張したときに、日本側の担当企業の方にできますかと聞かれ、私は「自信はないけど、頑張ります。」といったら、エージェントの社長に「謙遜は日本人の美徳だけど、それではやっていけないと教えられた。つまり、私レベルでは謙遜していられる場合ではなかったのだ。
その方に随行して厦門に行った。ホテルに着いたら、打ち合わせをするから、自分の部屋に来いと言われたので、荷物を下ろしてすぐに行ったが、扉を開けてあったので、少し安心したが、ローテーブルを見たら、二つのグラスにお酒がついであったのて、悪い予感がした。飲みなさいと言われて、お酒はダメなんですと、お断りしたら、マッサージしてあげるよと言われた。きたっと思った。疲れてないからと断り、明日の準備があるので、失礼致しますと言ってそそくさと逃げた。案の定、その方からは次のお仕事が来なかった。「私をなんだと思ってるのよ!けしかん」と、怒り心頭に発したが、そこまでしてお仕事したくはないという信念があったので、それまでだと思うことにしたが、悔しさで涙したことが何度かあった。
20年以上このお仕事をしているので、セクハラやパワハラに何度か遭遇したが、大抵の場合は上手くいった。やはり良い方が多く、皆様に大事にさせて頂いた。中国語に「功夫不负有心人」(努力は人を裏切らない)という言葉がありますが、私は正にそれを実践してきたのだ。いわゆる「天賦」はなかったが、人の何倍もの努力をしてきた。母に「お前は勉強以外は何もしなかった」と、家のお手伝いをしなかったことを詰られたことがあったが、それは言い過ぎだが、家事のお手伝い以外の時間は、全部勉強をしてたのだ、私は。
土日と夏、冬休みは図書館に行って勉強したり、読書したりしていた。推薦図書は全部よみ漁った。源氏物語の世界は分かりもしなかったが、頑張って読んだ。今は、それらをもう一度読み直したいと思うぐらいだが、仕事のための準備をするのが精一杯で、なかなかできないのが残念だ。
NHKは、とても良い職場である。広島アジア大会の時は、通訳クルーで全大会期間参加した。とても楽しい思い出である。中国スポーツ大臣の伍少祖のNHK単独インタビューの通訳を仰せつかった。満点とはいかなかったが、なんとかこなせた。その時の、記者に「高部さん、本を書いてください。そして、私に見せてください。」と言われた。あまり気にかけてもいなかったので、そのままにした。年を重ねるごとに、何かを残したいという思いが強くなり、つい最近、息子が携帯アプリで小説を書くと言い、実際に書いたのを見せてくれたので、こんな気軽にできるのなら、私にもできるかもしれないと思い、1週間前から書き始めたのである。(2015年9月24日)
実は、広島アジア大会の時は、かなりヤバかった。熱が出て、体調が悪く、毎日仕事のあとに点滴を受けていた。
それほど私はギリギリの状態だったのである。