家の前に着くと、今一番会いたくない人物がドアの前に立っていた。何度ついたかわからないため息をまたもつきながら、睨みつけるようにして相手をみると、ゆっくりと口を開いた。
「いい加減、付きまとうのやめてくれないか?いくら幼なじみといっても度が過ぎてる」
今まで出したことのないくらいの冷たい声を、ドアの前に立つ幼なじみに浴びせた。その声に一瞬怯んだが、幼なじみはいつもと同じ調子の強気で、そして上から目線で話してきた。
「何をストーカーみたいな言い方してくれてるのよ。学校終わって早々に帰ってくれちゃって。そんなに早くあの銀髪の女に会いたかったの?ていうか誰よあれ。あんな人見たことないんだけど。私はあんたのことを思って朝起こして上げたりこうやって心配してあげたりしてるのよ?それを度が過ぎてるって…」
「なあ、大杉。お前ひとつ勘違いしてるよ」
「はあ?」
自転車を所定の位置にとめると、幼なじみのほうは見ずに言った。
「銀髪の女じゃなく、彼は男だ。そして俺のためと言っているが、そんなものはいらないし、俺が誰と会おうがお前には関係ない」
「は?女じゃない?あんな身なりで?」
「そうだよ。とりあえずお前には関係ない。もう俺に構うな」
そう言ってから幼なじみを見た。
「私は…っ」
「悪いがそこをどいてくれないか」
幼なじみは苦しそうな表情でこちらを見たが、一切取り合わず、退いたところで鍵を開けて家の中へ入った。そしてすぐに鍵を閉め、自分の部屋へ向かった。
それにしても今日は散々だった。朝から怒鳴り散らされ、女だと思って恋に落ちかけた相手は男で、それでもまだ忘れるなんてことは出来なくて、また明日などと言われ。
ふと、あることが頭の中を過ぎった。
「あ、買い物するの忘れた」
制服から部屋着へ着替え終えたところでそのことに気づき、鍵と財布を持って外へ出た。時刻は18時過ぎ。空はほんのりと赤くなり始めていた。もうすぐ高校生2度目の夏が来る。羽織ったパーカーの袖を捲り上げると、自転車に跨りペダルを強く踏んだ。
風に少しあたたかさを感じる。
6月になり梅雨に入った最近は、洗濯物の乾きが悪い。雨が降っていなくても空気が湿っているのか、学校帰りには乾いているはずの服が乾かない。そうでなくても突然降ってきたりするもので、結局部屋で干す羽目になる。いっそのこと毎日部屋の中で干してしまおうと思い、現在ではベランダに面した部屋が洗濯物で埋められている。と言っても、自分の服のみで大した量にはならない。
そういえば今日は久々にいい天気だな。
そんなことを思いつつ自転車を走らせた。
10分もしないうちにスーパーに着いた。スーパーの中は冷房が効いていて、とても快適だった。
惣菜や飲み物、パンや菓子など適当にかごに入れていると声がかかった。
「孝汰くん?」
振り向くとそこには、黒髪の男女がいた。ひとりは長髪、もうひとりは短髪で、長髪の人は繋ぎ姿でサングラスをかけていて、短髪の人はTシャツ姿でキャップを深くかぶっていた。一瞬誰だかわからなかったが、繋ぎ姿からある人たちを連想した。まさかなと思ったのだが、よく見るとサングラスの下に赤い瞳が映っていた。
「え、結宇さんに柚樹さん!?」
一瞬間を置いてから驚きのあまり大きな声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。
「あはは、本当に面白いなあ」
「わ、笑い事じゃないよ。なんでそんな格好…」
じろじろと眺めていると兄の彼が口を開いた。
「目に付くのが嫌だからな。変装だ」
「変装…ですか。かえって怪しいですよ。特に結宇さん」
「え、私?」
「スーパーの中でサングラスはちょっとね」
「だって赤い目を隠すにはサングラスぐらいしか思いつかなかったんだもん」
弟の彼と会話を交わしているといつの間にか兄の彼がこちらのかごの中身をのぞいていた。そして一言とても刺さる言葉を口にした。
「え、こんな食生活送ってるのか?だからそんなに小さいのか」
「大きなお世話です」
「惣菜よりもカップ麺の割合が高いな。それから菓子もありすぎだ。ハンバーグぐらい冷凍のものを買わないで作ったらどうだ?」
べらべらと正論を述べられ何も言えずにいると、弟の彼が何か閃いたようで手のひらに拳を乗せた。
「ねえ!柚が作ってあげれば?」
「は?何を言っている」
「そうだよ結宇さん、意味がわからない」
「柚はね、とーっても料理が得意なの。だからオススメするよ!」
「いやいや、そんなオススメされたって…ねえ、柚樹さん」
呆れつつちらりと兄の彼を見ると、何やら悩み込んでいるようだった。そんな彼を弟はにやにやしながら見ていた。
この兄弟、おもしろいな。
「ねー柚、私も行くから孝汰くんの家でご飯しようよ。どうせ私達もふたりきりなんだし」
「それもそうだな。そうしよう」
今さらっと新しい情報が入ってきた気がするが、そんなことよりも本人を差し置いて決定を下した兄弟にツッコミを入れずにはいられなかった。
「まて!俺抜きでどうして話を進めてるんだ!?」
「いいじゃん!その様子じゃ孝汰くんひとりなんでしょ?」
「そ、そうだけど…」
「よし、今夜はハンバーグにしよう」
「なんでだよ」
「柚のハンバーグは冷凍ハンバーグよりずっとおいしいよ!」
「いや、そういう問題じゃ…ってちょっと!」
弟はかごをかっ攫うと順番にかごの中のものを売り場に戻し始めた。弟の姿が消えると、今度は兄に腕を引かれ、そのまま買い物に付き合わされた。
本当に今日は散々だ…。
蒼野孝汰に選択肢が与えられることは無かった。


