「孝汰くんにはあの人、どんな風に映った?」
突然の質問に困っていると、彼女は笑いながら言った。
「深く考えなくていいよ!私は柚は口調は冷たいけどいいやつだと思うよ。昔から私のことを常に気にかけてくれててさ。あ、それからもうひとりいたなあ」
「もうひとり?」
「そう!私以上にその人のことは気にしてたなあ。本当に大好きだったんだろうね」
ふと気になって質問をした。
「どんな人だったの?」
「それが、私は当時どんな人だったか知らないんだ」
「話も聞いたことないの?」
「何、気になるの?」
にやにやとこちらを見てきた結宇の顔を押しのけると、遠くの方からものすごい勢いで近づいてくる何かが見えた。そちらを目を凝らして見てみると、なんと猛ダッシュでこちらに向かっている幼なじみだった。
「げっ、なんであいつ…」
慌てて彼女の手を取ると、何も言わずに走り出した。足には自信があった。陸上をやってたわけではないが、幼なじみよりは速いはずだ。後ろを気にしつつ適当な物陰に隠れた。
落ち着いたところで彼女は小さな声で問いかけてきた。
「ね、ねえ孝汰くん。どうして突然走り出したの」
「お節介が今近くに来てるんだ。捕まるとめんどくさい」
どれほどたっただろうか。幼なじみは諦めて帰っていった。ほっと一息いれると、隣で口を一生懸命手で塞いでいる彼女の肩に手を置いた。
「もう大丈夫だよ、結宇さん」
笑いを含みつつ言うと、彼女はこちらをじっと見ながら手を口元から離した。
「ぷはーっ!緊張した!」
「なんで緊張する必要があるんだよ」
「孝汰くんの幼なじみちゃん怖いよ!なにあれ怖いよ!」
ぶるぶると震える彼女が愛しくて堪らなかった。抱きしめたくなる気持ちを抑えてその場で立ち上がった。そして出会った朝のように彼女に手を差し出した。
「大丈夫ですか?…なんてね」
彼女は口を開けてぽかんとした表情をした。そして小さく笑うと差し出した手に自分の手を重ねた。
「あはは、ありがとう」
手を取って立ち上がると、純粋な笑顔を見せた。赤い瞳が空の青と混ざりあって鮮やかに燃えた。
ベンチの元に戻ると自転車のサドルに付箋が貼り付けてあった。
「『あの銀髪の女誰よ』だってさ」
「なんだあいつ、結宇さんのこと銀髪の女って…」
銀髪の女という言われかたをしたことに苛立って付箋をびりびりにしていると、彼女が頬を膨らまして怒ったような声をあげた。
「本当にひどい話だよね!私女じゃないのに!」
そうそう、綺麗な銀髪の…は?
今何か聞き間違えたかな?女じゃないのに?いやいやまさかな。
頭の中が混乱している俺を他所に彼女…いや、彼なのかな。ってああもう!どういうことだよ!!!
そして目の前の綺麗な銀髪の結宇さんは続けた。
「まったくさ、柚もひどいよね!未だに妹だなんて!孝汰くんを騙してからかってるのかと思ったけど、いつもの癖だったのかな。だって孝汰くん気づいてたんでしょ?今も怒ってくれてたし。私学校の都合上いっつもこんな繋ぎ姿だから髪の長さだけで判断されるんだよね。って孝汰くん?なんでそんなうなだれてるの?」
いつの間にかしゃがみこんで頭を抱えていた。
結宇さんが女じゃない?こんなに綺麗でかわいくて愛しいとさえ思っていた人が?
なんだよそれ、ひどすぎるだろ。
じゃあ俺は男を愛しく感じてたっていうのか?抱きしめそうになったって?こんな感情初めてなのにその相手が男?てかこんな容姿で男だなんて…
耐えきれずに頭を抱えたまま地面に叫んだ。
「こ、こんなの詐欺だ!!!」
今にも地面に倒れそうになっていると、腕を強く引っ張られた。
ああ、こんな力持ちなのか。下手したら俺より力持ちだよ。そんなまさか…
「おい、蒼野孝汰くん」
あれ、こんなに声低かったっけ…?
恐る恐る振り向くと、すぐそばに空色が広がっていた。その色に吸い込まれそうになっていると、空色が口を開いた。
「お、おい。近いんだが…」
はっと我に返って目の前の人を見た。
「ゆ、柚樹さん…?」
とんでもないくらいの至近距離に彼がいた。目を見て長い時間経ったような気がした。最初に口を開いたのは彼女だと思っていた彼だった。
「ふふ、仲良しさんだね」
楽しそうな表情でこちらを見たかと思えばなぜかにやにやし始めた。
そこであるひとつの事実に気づいた。顔には微かな息がかかっており、左腕は温かなもので握られている。そして目の前には空色。
恐る恐る口を開くと地面を見ながら言った。
「あ、あの、柚樹さん。少し離れてくれませんか」
未だ至近距離にいた彼は一瞬間を置いてから我に返り、慌てて距離をとった。その間も双子の弟はにやにやとこちらを見ていた。
…って、男3人で何してんだよ。
ふとそんな考えに至り、ため息をつきながら自転車に跨った。
「結宇さん、柚樹さん、俺帰りますね」
「そっか!それじゃあまた明日!」
「え、うん」
彼のまた明日という言葉に若干の違和感を覚えつつ、その場を後にした。帰り道でなぜだか憂鬱な気分になり、数え切れないほどのため息をついた。


