時は過ぎ、放課後。幼なじみが来る前にさっさと教室を後にした。通学に使っている父さんからもらったロードバイクに跨るとペダルを強く踏んだ。
自宅までは約20分。急げば15分かからない。
ふと朝出会って放課後に約束をした彼女を思い浮かべてみた。
高く結い上げた銀髪に白い肌、赤い瞳をしていて、女子にしては背の高い人。そういえば心なしか声も女子っぽくなかった。
「実は男だったりして」
言ってみてありえないなと思い、すぐにその考えを打ち消した。
特に急ぐこともせずに自転車を走らせていると、コンビニから出てきた帽子を深くかぶった人が目に入った。
「えっ」
思わず声を上げてしまった驚いた理由は、その人も銀髪だったからだ。しかし、朝出会った彼女のように長くはない。遠めなので身長まではわからないが、Tシャツから覗く腕は逞しく、同時にとても白く、美しかった。
思わず自転車を止めて見とれていると、目が合った。その目は空をそのまま取り込んだかのような美しい空色だった。しかしすぐに目をそらされ、彼は走り去っていった。
「珍しいこともあるもんだな…」
再び自転車を走らせて公園へ向かった。公園内に入ると朝と同じベンチに彼女が腰をかけていた。こちらには気づいていないようだ。少し驚かせてやろうと彼女の目の前で急ブレーキをかけて止まった。
「うぎゃあっ!?」
彼女は慌てて口を抑えて、既に白い肌を赤く染めた状態でこちらを見た。
「変な声」
「う、うるさい!蒼…孝汰くんが驚かせるからでしょ!」
孝汰と呼ばれ少し恥ずかしくなった。一瞬間を置いてから彼女の赤い瞳を見て言った。
「本当に綺麗だな」
「えっ?」
言うつもりのなかった言葉が口から出て思考が停止した。そして同時になぜか懐かしさを感じた。前にもこんなことがあったような…。
「あの、孝汰くん?」
呼びかけられて我に返り、同時に恥ずかしさが表に出てたちまち顔を真っ赤に染めた。
「あ、いや!今のは違うんだ!いや、違くないけど!ってそうじゃなくて今のは…!」
取り繕うこともろくに出来ずにあたふたとしていると、笑い声がした。見ると、彼女がお腹を抱えて笑っていた。
「きみって面白いね!ポーカーフェイスって言うか、あんまり表情を表に出さないような子に見えたのに、顔真っ赤っかなんだもん!」
「う、うるさいな!」
涙を流すほどに笑い転げた彼女はこちらを見て微笑んだ。
「なんだ、きみとてもいい子なんだね」
その笑顔がとても綺麗でどこか懐かしさを感じた。
「ねえ、結宇さん。俺達前に会ったことあるっけ?」
「えっ、あー私達は会ったことないよ」
「あ、悪ぃ、そうだよな」
あっさりと答えられた。しかし考えてもみれば確かにそうだ。こんな銀髪で赤い瞳をした女の子と出会ったことを忘れるはずがない。
にしても、私達はって、なんか意味深な言い方だな。あ、そういえばさっき見かけた銀髪の彼は誰だったんだろう。
ふと思いついて彼女に問いかけた。
「結宇さん、さっき結宇さんみたいな綺麗な銀髪と白い肌の男の子を見かけたんだけど…」
そう言いながら隣に座ると、勢いよくこちらを振り向かれた。
「どこで見た!?」
とても近くに彼女の顔があり、頭の中がパニックに陥った。とりあえず離れなければと思いつつも、目の前の白い肌と赤い瞳から逃げることは出来なかった。
「ちょ、近…」
「その人!どこで見かけた!?」
「えと、すぐそこのコンビニで…」
「コンビニ…くっそ、あいつめ…」
なぜかイラつく結宇さんに戸惑いつつも恐る恐る聞いた。
「ゆ、結宇さん、彼のこと知ってるの?」
「知ってるも何も…」
そう言って立ち上がった彼女に後ろに、頭ひとつ抜けた、同じ髪色の人が立ってた。
「こいつの兄だよ」
そう言った彼の瞳は空をそのまま取り込んだかのような美しい空色だった。そして彼の面持ちは瞳の色を除けば彼女そと瓜二つだった。
「え、柚…って何す…!?」
声に驚いて振り向こうとした彼女はそのまま後ろから彼に抱きしめられた。自分より5cmは大きい彼の胸にすっぽりとはまった彼女はとても可愛く見えて、とても愛しく感じた。それと同時に胸に何か刺さった。
なんだこれ?ズキ?は?
いや、まさかな。
後ろに立っている彼に目を向けるとこちらをじーっと見ていた。
「えっと、柚さん?」
「柚樹」
「ゆずき…さん…」
なんかこの光景といい、名前といい既視感。結宇さんに会ったことがある気がしたけど、もしかして柚樹さんに会ったことがあるんじゃ…
「って、銀髪の人に会ってたら忘れないって」
思わず口に出してしまった。きょとんとした顔でこちらを見る彼女と、相変わらず無表情な彼が視界に入った。恥ずかしくなり下を向いた。
「何、どうしたの?孝汰くん」
「あ、いえ、なんでもないです」
未だにこちらをじーっと見つめている彼の無言の圧力を感じそこを去ろうかと考えていると、彼が口を開いた。
「蒼野孝汰くんとやら、妹が世話になったみたいだな」
「え、柚?何を言ってるの?私は…」
何か言おうとした彼女を無言で黙らせると、彼は続けた。
「見た目のせいで俺らは私達は友達ができずらくてな。きみはいい人だから…いい人みたいだから今後ともよろしく頼む」
「は、はあ」
どうして今言い直したんだろうか。
思ったが聞きはせずにいると、今まで一切視線を外さなかった彼が初めて視線を外し、同時に彼女からも離れた。そして何も言わずに去っていった。
「なんだあいつ、気持ちが悪い」
彼がいなくなってすぐに彼女は呟いた。こちらを見ると身震いをする振りをして笑った。
「でもいいお兄さんだな」
「どうなんだろ…てか兄さんって言っても双子の兄だから年は一緒だよ」
「そうか」
そりゃあ似てるわけだと頷くと、お互いベンチに座り直した。ベンチに寄りかかって体を反らすと、空を見上げた。
「どうかした?さっきもなんか変だったけど」
「あ、いや…結宇さんのお兄さん、柚樹さんの目が綺麗な空色だったからさ。ほら、そっくりじゃない?」
真似をして空をみた彼女は、納得いかないというような表情をした。
「柚の中身はあんな綺麗なものじゃないよ」
そう言った彼女は大きくため息をつくと、勢いよく立ち上がった。


