夢を見た。どこか懐かしい夢。
見渡す限りの花畑。黄色、桃色、水色、さまざまな色の花が咲いている。
そこに少年と青年が距離をとって向かい合わせで立っていた。
風が吹くたびにお互いの髪と服が静かに揺れる。
『―――さん、あなたはどこへ行く気ですか?』
意を決したように少年が言った。
『きみの知らないところだよ』
青年が髪を揺らしながら言った。
『知らないところ?』
『そう。きみの知らないところ』
相手の言葉に唇を噛んで悔しそうに少年が言った。
『どうして…!』
『それは―――』
『え?何?聞こえないよ』
少年は一歩踏み出して聞いた。
『ねえ、―――さん』
少年の問いかけに相手が微笑んだような気がした。
『ありがとう、ごめんね。―――くん』
え、今…、
『孝汰くん』
お、俺?
「孝汰!!!!」
「うわっ!」
声に驚いて飛び起きると目の前には見慣れた幼なじみの顔があった。長めの髪が顔に当たってくすぐったい。それを避けるような形を取ると、さらにムッとしたよう表情をして幼なじみは怒鳴った。
「いつまで寝てんのよ!」
「大杉、お前なんでここに」
「なんでって時間になっても出てこないから部屋まで来てあげたんじゃない」
「あー、朝か」
「はあ?寝ぼけてんの?」
「わかったからお前先行ってろ」
「孝汰は?」
「もちろん遅刻だ」
「偉そうに」
「着替えるから出てけ」
むっとした顔をして幼なじみは出ていった。
俺はすぐに着替えを済ますとリビングへでた。
既に幼なじみの姿はなく、代わりにメモが置いてあった。
『孝汰のばかやろう。もう起こしに来てやらないんだから』
馬鹿はどっちだ。頼んでないわ。
そして、なんだかんだ言いつつまた明日も来るのだろう。
ため息をついてから冷蔵庫を開けた。しかし何も無かったのでコップに麦茶を注いでからテーブルに置いてある食パンをトースターに突っ込んだ。食パンが焼きあがるまでテレビでも見ようと思い、椅子に座った。リモコンを手に取ってチャンネルを回しているとケータイが鳴った。画面には『大杉美和』と表示されていた。一瞬たりとも迷わずに電話を切った。適当なニュースを見ていると再び電話が鳴った。そしてパンも焼けた。もちろんパンを取った。
「あっ、ジャム忘れてた。なんかあったっけか」
あまり食材の入っていない冷蔵庫を漁っているとみかんジャムが出てきた。いつ開けたかは覚えていないが賞味期限は問題ない。
「帰りに何か買って帰らねえと夕飯に困るな」
改めて冷蔵庫の中身を見てため息をつくと再び椅子に座り、焼けたパンにみかんジャムをのせて食べた。そして片手で電話を切った。
パンを食べ終え、麦茶を一気に飲むと席を立った。そして水筒に麦茶を入れてスクールカバンに詰め、今度は洗面所へ向かった。するとケータイがメッセージを受信した。『なんででないの』と一言表示されていた。
歯磨きを終えると顔を洗い、髪の毛の寝癖を直した。そしてカバンを持ち、誰もいない家をあとにした。そこで再びケータイが鳴った。
「…何」
自転車に跨りつつ渋々電話にでると怒鳴り声がした。
『何じゃないわよ!電話もメッセージも無視し』
うるさいから切った。そしてサイレントモードにしようと閃いてすぐにそれを実行した。おかげでケータイが静かになった。のんびりと自転車を走らせながら公園内に入っていった。
この公園は学校に行く近道だったのでいつも使っていた。いつもはもう少し早い時間なのでいつもといる人や風景が違っていた。
もう少しで公園を抜けるという時にベンチに座っている人が目に付いた。とても綺麗な銀髪で、それを高いところでひとつ結びにしていた。その髪色に見とれていると前を見るのを忘れ、自転車ごと草むらに突っ込んでしまった。
「おわっ!!!」
豪快に突っ込み盛大にひっくり返った。恥ずかしいと思う前に全身に痛みが走っていてそれを堪えるのに必死だった。我に返って恥ずかしさに顔を赤くしそうになったとき、声がかかった。
「大丈夫…ですか?」
振り向くとそこには、先ほど見とれていたばかりの銀髪の人がこちらに手を差し伸べていた。その人の容姿はまたとても珍しいもので、少しばかり見とれてしまった。するとその人は差し出していた手を引っ込めると突然オロオロし始めた。
「あの、どうかしましたか?」
こちらから問いかけるとびくっとして小さな声で言った。
「ご、ごめんなさい。気持ち悪いですよね。本当にすみません。私みたいな人が他の人に手を差し出すなんてあってはいけないですよね。本当に本当にすみません」
「何を言ってるんですか?」
本心から思ったのでそう言ったのだが、彼女はとても驚いたというような表情をして固まった。制服についた汚れを振り払いながら立ち上がると言葉を付け加えた。
「言ってる意味がわかりません。俺はあなたのその髪色も赤い瞳も白い肌もとても綺麗だと思いますよ。あなたを見てどうして気持ち悪いだなんて思いますか」
というより、この人意外と背が高いな。俺が170だから165はありそうだな。まあまだまだ伸びるつもりだけど。それに声も思いの外低い。高くて可愛い声出しそうなのにな。
そんなことを考えていると彼女は一度俯き、今度は赤い瞳を輝かせてこちらを見た。その瞳に吸い込まれないように耐えていると彼女は口を開いた。
「そ、そんなふうに言われたのは初めてです!あなた変わった人ですね!」
「え、あーっと…ありがとう?」
いまいち腑に落ちなかったが、結局その瞳に吸い込まれてしまい、目を離すことも彼女の言葉を否定することも出来なかった。


