よく晴れた昼下がり大勢の人が入り乱れ活気溢れる大通り。

店が多く立ち並ぶそこは江戸の中心から外れている割に賑わっている。

人々が歩く度に上る砂埃に目を顰めながら大きな箱を抱えた小柄な青年が一人。

青年は17、8歳の子位の背丈で整った顔をしていた。

「ったくよーこんな仕事面倒臭いぜ」

文句を言いながらある家に声をかける。
中から出て来た一人の女性にさっきとは似つかない笑みを浮かべ箱から取り出した物を渡しその駄賃をもらう。

「では、お大事に」

ニコニコと笑いながら箱をまた背負い家を後にする。

その青年の名は土方歳三。
家業である薬売りの手伝いをしていたのだ。

仕事が終わり家に帰る為帰路につく。

「……ん?」

大通りから少し離れたところにある小川のほとりに人集りができている事に気がつく。

なんだぁ?あれ。

近ずくと一軒の仮小屋が建っていた。
集まっていた人達はその中に入る為に並んでいたようだった。

「ちんどん屋かよ」

興味がないと背を向けた時町人の話し声が耳に入る。

「ここの娘達の歌声はまるで天使の様だと聞いた事がある。楽しみだなぁ。」

「あぁ、日本中を練り歩いているんだろう?
滅多に会えるもんじゃ無いぜ?

良くこんな小さな村に来たもんだ」

「本当だぜ、相当な人気があるんだろう?」

そんな事を背後で言われては帰るに帰れない。
歌とかそう言う風流があるものは結構好きだった。

「まぁ、少しくらいいいか」

口角をキュッと上げると決して綺麗では無い仮小屋に入る。

思っていたよりも中には人が入っている。
座る場所も無く立ったまま軽く見たら帰ろうと思っていた。

ピーーーと少し低めの笛の音が小屋に鳴り響く。
仮小屋が静寂に包まれると吊るされていた幕が開く。

そこには自分より少し小さい子供が真っ白な着物に黒い帯を締め立っていた。

死装束みてぇだな……

しかしどこか幻想的なそれに見入ってしまう。
後ろに控えていた太鼓や弦楽器を持った二十歳過ぎくらいの男女が演奏を始める。

奏でる音は息を呑むほどに美しかった。

端に立っていた一際肌が白く美しい少女が持っていた縦笛を構える。

それと同時に奥から煌びやかな衣装を来た女性が現れる。
きっとその女性こそが主な歌い手なのだろう。

美麗な女性の登場に観客は息を飲む。

ピーーー

小屋全体に響き渡る高い笛の音。
その音が脳を突き抜け頭を支配するのを感じる。

鳥肌が立った。
こんな綺麗な音色、聞いたことが無い……

ボーッとその笛を吹く美しい少女を見つめる。
そこだけ輝いている様に見えフルフルと頭を振る。

演奏が終わり拍手に包まれる。

「…帰るか」

そう思い入り口に向おうとした時目の端にさっきまで笛を吹いていた少女が中央に移動する様子が飛び込む。

「歌、歌うのか…」

そのまま少女に見入っていると少女は小さく息を吸うと歌い出した。

〜♪

小屋全体に緊張が走った様な変な静寂が取り囲む。
客の数人が感嘆した様に溜息を漏らす。

少女の透き通った高い声は心に直接語りかけられているようなそんな錯覚を起こさせた。

こんなにも心が揺れ動いたのは初めてだった。
結局その歌を最後まで聞き入りやっと小屋の外に出る。

見上げると青かった空は茜色に染まっている。

「名前、なんて言うんだろうな」

歩きながら思わず出た言葉に自分でも焦る。

「いやっ、俺は唯あの声と笛の音に興味を持っただけだっ!」

そう言い聞かせるように叫ぶと家までの道程を全力で駆け出す。

これが土方と少女の出会いだった。