「…行かないって…?」

前を歩いていた泰詩が振り返る。

私…今のままじゃダメなんだよ。

嘘ついたままで…いいわけないよ。

私は何も言わずに泰詩を見上げる。

見上げた先に泰詩の瞳があった。

泰詩は、何も言わない私の顔を

じっと見つめている。

その真っ直ぐな綺麗な瞳に

見つめられるとそれだけで胸が一杯で

自分の置かれている状況が

わからなくなりそうになる…。

ただ…目の前にいるこの人が

大好きで…苦しくて、切なくて…

「……」

「学校の事…心配なのか?」

ほら…また…

泰詩は、いつだって一番に私の

心配をする。

こんな私をまだ心配してくれる。

そして、また私の為に苦しませる。

「………そんなんじゃない。」

私…

全部、間違ってた…やり直したい。

絵莉ちゃんに自分の気持ちを隠したり

嘘つくんじゃなかった。

ちゃんと言えばよかった。

初めから、私は泰詩が好きって…

それで皆に認められなくても無視されても…

何を言われても…

隠さず言えばよかった。

そうすれば泰詩を傷つけずに済んだのに。

「…絵莉ちゃんは泰詩が好きだよ。」

私がちゃんとしてたら泰詩をこんな風に

嘘つかせなくてすんだのに…。

私が変わらないと駄目なんだよ…。

これから先、また私に何かあったら

泰詩、嘘をつくでしょ?

「泰詩、絵莉ちゃんと付き合わないで…。

私ならもう大丈夫だから…。」

そう言って泰詩を見上げた。

泰詩はそんな私を見て優しい瞳が

真剣な瞳に変わっていく。

「なら…真凛はどうするんだよ?」

「え?」

「……俺に嘘つくなとか自分に構うなとか…

もう、守られたくないなら…

真凛はどうして俺に、本当の事を

言わないんだよ?」

「それは…」

言ったら、絶対に…やめないでしょ?

絵莉ちゃんと付き合うのやめないでしょ…。

もう、嘘をついてほしくない。

好きだから…私の為に、これ以上

苦しめたくない…。

私が黙ってるのを見て泰詩は深く息を吐く。

「本当に黙ってるつもりだったのか?

なら…言ってやるよ。

…俺の事でずっと

女子から嫌がらせされてるんだろ?」

「っ…ち、違う…」

「違うって何だよ?

いつも…そうなんだよ…

肝心な所ではぐらかす…俺を遠ざける。

俺が知らないとでも思ったのか?

知ってたよ!ずっと…知ってた。

ちゃんと話してくれるのを待ってた。

それなのに…ずっと隠して…っ。

何でだよ?俺にはちゃんと言えよ…。」

泰詩は、私の腕をつかんで力を入れた。

「……隠してなんか…っ」

言ったら…泰詩を傷つけるから…

私を好きになった事…

後悔してほしくなかったから…。

「真凛…俺には…

俺だけには、嘘…やめろよ。」

泰詩の真剣な瞳から逃げられない…。

もう、嘘はやめよう…。

泰詩が私を好きって言った事…

後悔してほしくないけど…

もう、ダメだよね…仕方ないよね…。

「…私…

…いつも逃げてばかりだった…。

本当に弱虫だった。

その弱さのせいで…

流されるままに付き合ったりして

渋谷くんの事もたくさん傷つけた。

男好きって言われて…

本当にショックだったけど…

でもその通りなのかもしれないって

思った。

私のした事は、本当に最低だから。

私の嘘で絵莉ちゃんも傷つけた。

友達なのに…私から裏切った。

だから…何を言われても

何をされても平気だった。

でも、泰詩が自分に嘘ついて

傷つく事は嫌…。

絶対に、嫌だった…。

私の為に…

泰詩をこれ以上傷つけたくない。

だから私、一人で戦うって決めたんだ…。

頑張るって決めてた。

その為に…さよならしたんだから…。」

その瞬間…

ギュッと泰詩が私の手を握った。

「…泰詩?」

「…さよならなんてしない。

俺は嘘つく事なんて全然、平気だった。

どんなに最低だって言われても

誰に何て言われようと…

真凛の為ならなんとも思わなかった…。

だから…

間違ってても何でも守りたかった。

でも…バカな事してた…ごめんな…。」

…泰詩はいつも守ってくれた…。

心配してくれた…。

こんな私を好きって…

今でも好きって言ってくれる。

涙で目頭が熱くなる。

「真凛…?」

うつむく私の顔を心配そうに

覗き込む泰詩と目が合う。

「私の方こそごめんなさい…。

泰詩にずっと嘘ついて…。

ずっと黙って、隠して…ごめんね。

泰詩が私の事好きなのを

後悔してほしくなかったんだ…。

私、自分の事ばかりで

泰詩をたくさんたくさん

傷つけたから。

だから、私の事を忘れたら……

苦しくなくなるのかなって…

泰詩にもうこれ以上

嫌な思いをしてほしくなかった。

でも…それも逃げてるんだよね…。

私…もう逃げない。

何からも逃げない……。

…好き、泰詩が好き…。

ずっとずっと前から好きだった。

…好きで好きで大好きで…

ずっと言えなくて…苦しかった。

私…これからもずっと泰詩の隣に

いてもいい?」

時が止まった様に

泰詩がじっと私を見つめている。

ただじっと真っ直ぐ見つめて私を

離さなかった。

「…泰詩?」

私が不安そうに泰詩の名前を呼ぶと

やっと我に返ったような表情になる。

その瞬間…泰詩は、私の腕を掴むと

「やっと…つかまえた。」

そう言って私の体を引き寄せると

その広い胸でぎゅっと抱きしめた。

コート越しでも

泰詩の厚い胸板がわかる。

私よりずっと背が高くて見た目は細いのに

体はこんなに逞しくて…

男の人になっていた泰詩…。

微かにコートから

泰詩のコロンの香りがした。

見上げると

泰詩の瞳とぶつかって

その綺麗な瞳が優しく笑っていた。

私の大好きな子供みたいに可愛い笑顔で。

私も嬉しくて笑う。

「学校…行こう…。」

そう言って泰詩は私の手を握りしめて

ゆっくり歩き出した。

ここまでくるのに随分遠回りした…

でもここからはもう…

自分の気持ちに嘘つかない。

これから泰詩とずっと一緒に

歩いて行きたい。

私は泰詩と二人で学校に向かった。

もう嘘はなし。

何があっても逃げずに向き合う。

これからもずっと泰詩の隣にいたい。

昔と同じように、彼の左側を歩いた。