黒い影が視界を横切る。


一瞬あって、それが影ではなく女の髪の毛であった事に気が付く。



幽霊が夫に手を引かれ、ソファに座る。


夫が幽霊の肩を抱き寄せる。



「優斗くん!何やってるの?!」



私の声などまるで聞こえていないという風に、幽霊が夫の肩に頭をもたせ掛けた。


2人を引き離そうにも体が動かない。



「やめて!優斗くんから離れて!」



叫ぶと同時に、場面が転じた。



瑛梨奈の部屋であった。


机に向かい、例の忌まわしい本「私の勝ち」を一心不乱に読みふける娘の姿がある。


彼女の前には、山積みにされた幽霊の著作の数々。


その光景がいつも、私をひどく悲しませる。


瑛梨奈が1冊、また1冊と幽霊の本を読み進めるごとに

これらの一言一句が、瑛梨奈の記憶に刻まれるごとに

彼女が遠い、得体の知れない存在になっていくような気がする。



「瑛梨奈。

お願いだから、もうそんな本読まないで!」



しかし娘にもまた、私の叫びは届かないらしい。


こちらを振り向きもせず、真剣な表情で文字を追っている。