男は1人ではなかった。


隣を歩く女の腰の辺りに、手を添えている。


パーマもカラーリングもしない髪で背中を覆った、見るからに陰気臭い女。



時折、女の方へ振り向けられる男の横顔は、はっきりとは見えないが、夫だと思えば夫のようでもある。



――まさか。



仕事熱心、だけど本当は家族思いの真面目な夫が、浮気なんて。


それに、あの相手の女。


幽霊――は、もう死んでるから、さすがにそれはあり得ない、けど……。



2人の男女は、角を曲がって私の視界から消えた。



「すみません、そこの角で降ります」


居ても立ってもいられなくなった私は、タクシーの運転手にそう告げた。



料金を清算して車を降り、2人が消えた小路へ入る。



彼らの姿は、既に無かった。



――ここって……。



大通りから1歩踏み出しただけで、途端に人の行き来がまばらになった。


街頭が無いかわりに、ピンクや緑、紫のネオンが辺りを照らす、猥雑な一帯。


休憩・宿泊の料金を表示した看板が、どの建物の前にも掲げられている。



あの2人は、ここに建ち並ぶホテルのいずれかに入っていったのだろう。



為す術もなく立ち尽くしていると、背後で鋭いクラクションが響いた。


慌てて道路脇へ寄る。


運転席の若い男が、私の顔を睨み付けながら走り去って行った。