・間宮サオリの場合・



 切ないの欠片を感じるものといえば、私の場合、それはシャープペンシルだ。


 何の変哲もない黒いグリップのシャープペンシル。ある晩お父さんから貰ったもので、それには銀行の名前が白い文字で入っている、本当にどこにでもある販促用のシャープペンシルだった。

 それが私のベストになったのには、ちゃんとわけがある。

 あの人が、触ったのだ。

 触ったといってもベタベタとなでたわけではなく、ただ単に床に落ちて転がったそのシャーペンを、彼が拾い上げてくれたってだけなんだけど。

「ほら」

 そう言って、わざわざ手を伸ばして斜め後ろの私に届くように体を傾けて渡してくれた。

 このシャーペンは!!

 なんと、彼の手に触れられ、一瞬であっても彼の手の温度をしみこませたのだ!

 私は声にならないままで何となく頭を下げただけだった。ありがとうって言えよ!って後でこれでもかってほどに自分を叩きのめしたけど、とにかく私の何の変哲もないシャーペン、たまたまその時使っていただけってものは、私の中で私物ランキングのトップへと躍り出たのだ。

 彼に触られたシャーペン。

 そんなわけで、それ以来、このシャーペンは私のベストなのである。