「悪いね、うるさくして」
電話を終えた彼が窓を開けて、そう謝ったのだ。電話している彼の姿を盗み見ていたとは気がつかれたくないあたしは、彼が手を伸ばしてガラスをコンコンと叩くまで漫画を読みふけっているふりをしていた。
え?と振り返ると窓辺で手を振る男の子。
彼はもう一度謝った。
「電話、うるさかった?窓閉めるの忘れてて、ごめん」
あたしは急いで首を振った。
ぼそぼそと話す声はほとんど聞こえてはいなかったし、もしハッキリと会話が聞こえていたとしても、彼に好感をもつあたしにはノイズなどでは全然ない。その相手が彼女だろうが、相手の声が聞こえない以上あたしの耳には彼が優しく語り掛ける声だけが残るのだから。今日はちょっと違う声だったかもだけど。
「大丈夫」
そう応えてから、彼がいつもと違う様子なのがハッキリと判った。何かに傷付いたか、凹んでるらしい。
「どうしたの、何か暗い感じ」
気になってそう聞いて、あたしは漫画を机の上に置いた。
彼はくしゃっと笑う。ちょっとね、彼女と言い合いになったんだ。こっちは軽いおふざけで言ったことで怒らせちゃったみたいで。話しながら彼は窓辺に寄りかかる。
ああ、それで途中で声が変わったのか、あたしはそう思った。元気をなくした犬のように、彼はしゅんとしている。



