・田辺ミミの場合・


 切ないの欠片、なんて呼べるものがあるとすれば、それは私の場合、午前5時を告げる時計だ。


 朝って、神秘的であるはずだ。

 どれだけ嫌なことが起こったって、もう今は違う朝日が昇り、昨日とは違う一日が始まっている。その優しくてサラサラした光に包まれて、ちょっとづつ目を覚ましていく。ゆっくりと指を動かしたり、まだあたたかい毛布の温度を肌で確かめたりする幸せな時間。

 バタバタと忙しない朝の支度時間に突入する前の、ほんの少しの覚醒時間。

 それは本来なら、甘くて優しくて、とろんとした時間であるはず。あたたかくて、守られていて、いい気分に浸るのだ。

 だけど私の午前5時は、頻繁なため息と少しばかりの後悔に支配されるのだ。



 彼が、帰ってしまう。


 起き上がってシャツを着て、淡々と身支度を整えていく彼。昨日の夜の11時に来てからみせてくれたはにかんだ笑顔や熱っぽい瞳なんて忘却の彼方へとおいやってしまったらしい。

 そんな顔。

 冷静で、まるで赤の他人の顔。

 そんな顔を、午前5時の彼はする。

 私はそれをベッドに寝転んだままでぼんやりと見詰める。あまり言葉は交わさないのだ。二人は一緒にいる時には、とことん一緒にいた。同じ空間を分け合っているというようなことではなくて、もっと物理的に、具体的に近くにいて、指を絡ませていたのだ。

 それに赤の他人であるのは、ハッキリと間違いない。私達は家族ではないし、恋人ですらない。