それにまずビックリした。自分がどれほど目立たない存在かを知っている。なのに、あの人は私の苗字を知ってくれていたのだ!
ふわふわと一瞬体が浮き上がるようだった。
だけどハッとして、慌てて足を地面に下ろす。だってだってだって!言い訳も一生懸命にする。
2年も同じクラスだったんだもの!それに、私は毎回計算の上で彼の前や後や隣で物を「我知らず」に落とす。だから毎回、親切で優しい彼は拾ってくれるのだった。だから覚えてくれているだけよ。きっと、頭の中では「迷惑なヤツだ」って思われて────────・・・
・・・る、のかな。
自分で考えて、がっつり凹んでしまった。
とぼとぼと廊下を歩きながら私は手の平のシャーペンを握り締める。
また彼に拾ってもらえたね、そう思いながら。
こう毎度落としていてはこのシャーペンもそのうち壊れてしまうだろう。それは怖いことだった。だから私はそれを胸に抱きしめて、ごめんね、と謝る。
ごめんね、いつも高いところから落としてしまって。でも彼と目を会わせることが出来るのは、あなたのお陰なんだよ。すごく感謝してるんだよ。いつも、いつも彼が拾ってくれるから。
夕日が近づいてくる校舎の中、私の視界は一瞬だけ緩んで霞む。
・・・ああ、全く。
床を転がって、たまに人に踏まれて、そのせいで少しづつボロボロになっていく黒い、何の変哲もないシャープペンシル。
私はそれを両手で包み込んで、廊下で一人、呆然と立っていた。
このシャーペンを持つと、あの人を思い出す。
私は少なくとも、それだけでも幸せを味わえるのだ。
今は、まだ。
・間宮サオリの場合 終わり