・沼上ケイコの場合・



 切ないの欠片を感じる場所といえば、あたしの場合、それはお隣と並ぶ窓辺だ。

 
 父さんが賃貸生活から脱出するぞ、と決意アンド宣言をして、我が家は初めての一軒家に住み替えになった。それがこの春のこと。

 我が家が住むことにしたのはほどほどの郊外に立つタウンハウスで、前の住人の趣味らしい卵色の壁をした小さな2階建てだった。父さんが気に入ったその外見と、母さんが気に入った間取り。そしてあたしに割り当てられた部屋は2階の北側にある、5畳ほどの部屋だ。小さな妹はまだ両親と寝たいとぐずったので、あたしは一人でこの部屋を使えることになったのだった。

 隣の家には、一つ年上の男の子とその家族が住んでいた。

 最初の挨拶の時にはにかんだ笑顔で、両親の後ろでこっそりと手を振ってくれた彼。あたしはどぎまぎしてしまったけれど、その光景が何度も脳内でリフレインしてしばらくは困ったものだった。

 茶色の巻き毛。柔らかく額に落ちたそれが可愛らしかった。大きな口がにっと三日月型にあがっていて、二重の瞳が優しかった(と、思う)。何度も繰り返されるその光景は、あたしの頭の中で確実に美化されていたはずだ。最後の方には何と後光まで出現したのだから美化云々は間違いない。

 とにかく、あたしは隣の家に住む男の子に、いいな、と思ったのだった。