×月▼日(晴れ)午後一時

 愛奈ちゃんと波木の恋愛の急展開はまだまだ先になりそうなので、俺は先の目的地だった虎ノ介の家に行くことにした。
 十二歳という高齢の虎ノ介は、西田家に愛情深く飼われているため悩みを持っていることが少ない。そのため、愚痴を聞かずにすむのだが、のほほんとした性格が俺は苦手だ。
 それでも虎ノ介のところに行く理由は、西田家の家族が野良猫の俺にも優しく、餌をくれるからで。決して、虎ノ介に会いに行くのが第一の目的とは思わないでいただきたい。
 慣れた道を行き、堂々と庭に入る。午後一時ということで、虎ノ介は小屋から出て日向ぼっこをしていた。俺の姿を見ると、伸びをしながら大あくびをする。
「あっ、ボロス久しぶり。ヒヨコくんも元気そうで良かった。しばらく顔を見なかったから、大変な目に遭っているんじゃないかって心配したよ」
 言葉とは裏腹に大あくびして目尻から涙が出てるし。とても心配していたようには見えないのですが。
 しかし、虎ノ介の予想は間違っていない。田舎に行ってしまって人間と犬の抗争に巻きこまれたり、三帝王と出会って凄いプレッシャーを感じたり。俺の神経は磨り減り続けていたのだから、大変な目に遭ったことには違いない。
 そんなことを、飼い犬で高齢の虎ノ介に言っても「そうなんだあ」という気のない応えしかなさそうなので言うのはやめるけど。
「ねえ、ボロス。君、すこし変わった?」
 俺の顔をしばらく見つめていた虎ノ介が妙なことを訊いてくる。そういえば、カギにもそんなことを言われたな。俺には全く自覚がないんだけど。
「いや、いつも通りだけど……」
 その時だった。頭の上でカラスがカアと鳴く。しかも一度ではなく何度も。前に虎ノ介が言っていた、庭に餌を隠しているカラスがこいつなのだろう。しかし、今日はいつにも増して煩いな。何かあったのだろうか。
 これでは虎ノ介と話がしにくいなと思って苛立っていると、鳥語がわかるピヨがカラスを見て、突然「ピヨピピッピーヨ」と返事をした。
「ちょっ、ピヨ! お前、また何か厄介事を頼まれるつもりじゃないだろうな。俺は便利屋さんじゃないんだぞ!」
 忠告したのはいいが、時すでに遅し。カラスは電線から降りてくると、俺とピヨを見た。
「そういえば、三日ぐらい前からカラスくんは鳴いていたよね。言葉がわからない僕は、仲間とやり取りしているだけなのかなと思っていたけど」
「ピーヨピッピヨピヨピヨピー」
「えっ、なに? ヒヨコくんなんて言ってるの? ごめん、ボロス。翻訳して!」
「いや、俺もわからないんだって!」
「カラスくんじゃなくて、カラスちゃんだって、ピヨくんは言っとるぞ」
 三匹でやり合っていると、突然、俺の背後から助け舟が現れた。この声は親父か。そういえば、愛奈ちゃんの尻餅を受けとめた時に、大怪我しないですんだんだよな。もしかしたら、親父が助けてくれたのかもしれない。俺の守護霊とまで言ってたし。
「えっと……ボロス。この半透明の猫さんって誰?」
 虎ノ介が困惑しながら訊いてくる。そりゃそうだよな。半透明の猫なんて、一度も見たことないだろうし。虎ノ介の年も年だけに、正直に幽霊ですと説明したら、驚いて昇天して親父のお仲間になりそうな気がする。
「俺の親父だよ。丁度良かった。鳥語がわからなくて悩んでいたんだ。翻訳してくれ」
 と言ってから失態に気づいた。もしかして、翻訳してもらったら、必然的に相談を受けることになるんじゃないのか?
「うむ……では翻訳するぞ。三日前に紫色に輝く黒いタマゴを巣の中で見つけて温めていたらしいのだが、それがいつの間にかなくなっていたそうだ。捜しているのだが、見つからないらしい。それでどこかで見ていないか訊いているようだな」
 ああっ、やっぱり。翻訳してもらうんじゃなかった! これ、紫色に輝く黒いタマゴを捜す展開じゃん。と、待てよ……輝くタマゴって、どこかで見た気がするな。
「そういえば、ピヨも輝くタマゴから生まれたんだよなあ。それと何か関係があるのか?」
「ピヨーピッピッピー」
「ピヨくんは何もわからないそうだぞ」
「僕、すこし前にウロウロしている黒い猫三匹を見たよ。落ち着かない様子だったのを覚えているから、それとなにか関係があるのかな」
 虎ノ介の話で俺はすぐに気づいた。黒猫三匹って、あいつらしかいないじゃん。あいつら、とうとう俺の餌場の近くまで進出してきたのか。縄張りから離れていた俺もいけないんだけど、あいつらピヨに痛い目に遭っても懲りない性格なんだな。
「引き受けないつもりが、そうとも言えなくなってきたなあ……」
 縄張りが荒らされているとなると、見過ごすわけにもいかない訳で。けど、あの三匹が相手となると、相応の覚悟も、応援を頼むことも必要になる。
「黒猫というと、あの三匹に間違いなさそうだな。ボロスくん。ピヨくんの正体の件もあるし、美姫を呼んできてもいいぞ。ただ、ハクジャにも話を聞くことになると思うが……」
 応援がほしいなと思っていた時に、この親父の言葉はありがたい。しかも美姫は、クロと相対しているから、喜んで協力してくれるに違いない。
「俺より行動範囲が広いカラスが見つけられないみたいだからなあ。それに、クロは俺を見たら必ず喧嘩うってくるし。そうしてもらえると助かる」
「うむ、では決まったな。一刻を争うだろうから、ひとっ飛びで行ってくる。わしが戻ってくるまでタマゴを捜すのは構わないが、クロには会わないようにしてくれ」
「ああ、それについては安心してくれ。俺も確かめたいことがあって出掛けるつもりだから。そこはクロの縄張りではないから平気だと思う」
「確かめたいことって?」
 俺の答えに、親父とピヨが首を傾げた。虎ノ介とカラスも俺をじっと見ている。
「俺が黄金色に輝くタマゴを見つけた場所……ピヨのタマゴがあった鳥小屋だよ。そこに行って、ピヨの親に会ってみるつもりだ。そこで、紫に光るタマゴの謎も解けそうだしな」
 カルガモのグワの親を捜した時、俺が親父に会った時、俺はピヨの親について触れるのを避けていた。おそらく、今がその話題に触れる時なのだろう。
「ピヨ、お前の親に会いに行くぞ。そこでお前がどうするのか考えるのは自由だ」
 いつも通りの心が読めない黒い瞳でピヨは俺をじっと見る。ピヨは親に会うことをどう思っているのだろうか。ピヨは何も言わず、俺の背中に乗っていた。