そう、カギがいう大雨の日。俺は迷子になったピヨをずぶ濡れになりながら捜すことで、ピヨと一緒にいた親父に会った。
 その同時刻。カギはというと、迷子になっていた三毛猫の女の子に出会い、隣町まで道案内をしていたのだ。そう、多分、いい雰囲気で。
 俺は呪う。神様というやつを。だってそうだろう。この俺とカギが同時刻に経験したことの差は何? 神様は俺のことが嫌いなの? 神様って、えこ贔屓とかするの? あっ、瞳から何かこぼれそうになってきた。
「えっと、ボロス……やっぱり、お前でも困る相談か?」
 涙がこぼれないように上を向いている俺を心配してなのか、カギが困った様子で確認してくる。
 堪えろ俺。親友が最大のピンチで、俺に相談してきているんだぞ。
 こんちくしょう。もう良いことがあっても、神様に感謝なんてしてやんねえ。ただ、タイムリミットだけは設けておくから、神様お願い。俺にも幸運をください。
 カギ、お前は幸せになれる男なんだ。そう、多分、きっと。
「……なんだか、殴りたくなってきたな」
「えっ!」
 カギの頓狂な声で、俺は失言したことに気づいた。やばい。建前じゃなく、本音が口から出ちまった。誤解があるといけないので言っとく。決して、決して、嫉妬している訳じゃないからな。
「いや、お前のことじゃなくて、クロのことだよ。ホントにあいつは困ったものだよな」
 なんとか誤魔化しながら言いつつ俺は思う。恋敵があのクロなら、俺がどんなに助言しても意味がない。一番重要なのは、カギの覚悟だ。どれだけカギがハナという子を想っているのか。ハナという子の気持ちがカギに向けられているのか。
「ピヨヨッピピッヨピヨ」
 そこでピヨが当然、ジェスチャーをしながら鳴きはじめた。
 いや、俺にはピヨ語はさっぱりわからないので、話されても困るのですが。その時だ。
「うん、俺もそう思う。けど、ハナちゃんの気持ちはどうかなって……」
 何故か、カギがピヨと会話をしている。ちょっと待て、どうして話が通じてるんだ?
 俺が困惑しているのに気づいたのか、カギは俺を見て口を開いた。
「あっ……ジャスチャーで何となくそう思って答えたんだ」
 ジェスチャーで? ピヨのジェスチャーって、そんなにわかりやすいものなの?
 俺の読み解き能力が不足しているのか、カギが優秀なのか。俺以外にピヨと一緒にいるのが、ピヨ語を解読できる親父と読心術を持つ千代丸なだけに、比較することができない。
 仕方がないので、カギが答えた内容だけで読み解くことにする。
 ハナちゃんの気持ちはどうか。そうカギは言った。そこから推測すると、どうやらカギは、ハナという三毛猫と付き合ってはいても、互いの気持ちは確認してないらしい。
 つまり、ハナはクロを好きなのではないか。と、カギは考えているのだ。
 おそらく、勇気を出して想いを伝えた時、望んだ答えが返ってこなかったらと、今は悩んでいるのだろう。
 俺からしてみたら、クロにアプローチされたと相談しているのだから、お前を好きなんだろと言いたい。悩みを打ち明けるということは、相当の信頼があってのことだからだ。
 しかし、違っていたら? 俺はハナという子の性格を知らないし、顔も知らないのだ。
「じゃあ、俺が隠れて見ていてやるから、お前はハナという子の気持ちを確認したらどうだ? 好きだと言われたら両想いなんだろ。ふられたら慰めてやるし。悩み続けるより、言ったほうがスッキリすることもあるだろう。あとはお前の勇気次第だぞ」
 そう言ってやると、カギはまるでハトが豆鉄砲を食らったかのような驚いた顔をした。
「やっぱり、お前変わったなあ。前のお前なら、お前がやりたいようにやれよ。と、答えそうなものなのに」
「ピヨピピヨッピッピヨピッ」
「そうだな。ヒヨコくんもありがとう。じゃあ、これからハナちゃんのところに行っていいかな」
 ピヨが何を言ったのかわからないが、カギはまたジャスチャーで理解したらしい。なにか、取り残された感じなのだけど。
 俺はいつものようにピヨを乗せると、カギの案内で目的地までついていく。
 カギは賢い奴なので、近道もよく知っているし、車通りが少ない道も知っている。
 隣町に行くまで五分。俺が十分かけて行く道を、カギは半分だけ費やして着いた。
「あれが、ハナちゃん」
 一軒家の縁側にハナという三毛猫は座っていた。
 赤い首輪をしており、毛艶もいい。そして、顔立ちも整っている。野良猫の俺たちとは違い、飼われているのかなと感じた。
「よし、じゃあここで見ていてやるから、頑張って行ってこい」
 俺とピヨに見守られていることでカギも覚悟を決めたのだろう。丁寧に毛繕いをし、小さな咳払いをしてから、真剣な表情になって一歩踏み出す。
 なんか、歩きかたがロボットみたいなのですが。あいつ、大丈夫か。肝心な告白で舌噛んだりしないだろうな。
 と思っていたら、カギの足がとまった。そして、金縛りになったかのように動かない。
 そして、そうなってしまったのは俺も同じだった。
「へえ……誰かと思ったら、カギじゃないか。ここは俺の縄張りだと知っててきたんだろうな?」
 俺は呪う神様という奴を。何故、悩んでいる奴に、これ以上の試練を与えるのかと叫びたくなった。
 そう、そこにはクロが姿を現し、カギの目の前に立っている姿があったのだった。