『芦原透子』の母・清子の遺体は、黒木の手配で日本に移送され、早々に葬られた。
私の手元には遺品として一房の髪が残された。
長期入院を終えて国を出る日、私はその髪を本物の『芦原透子』が眠るコバルトブルーの海に撒いた。
誰かのために祈るなんて、初めてなの。
だからなんて言っていいのかわからないケド…
ほんと、ごめんね。
ほんと、ありがとね。
そして、どうか安らかに…
で、飛行機ビューンでもう日本。
海外旅行中の事故で肉親を亡くした『芦原透子』としての新生活が始まった。
黒木が用意したマンションは…無駄に広く、敵が潜めそうなスペースが多すぎる。
慣れない。
家事は…料理の味付けが、毒物を調合するよりも繊細な感覚を要する。
慣れない。
他にも色々と、私がいた世界とは別物すぎて、慣れない。
だがまぁ、焦らず徐々に慣れていくしかないンだろうな。
逆に、学校にはすぐ馴染んだ。
本物の『芦原透子』を誰も知らない環境なので、以前との違いに気づいて不信感を抱く者はいない。
叩き込まれた言語やマナーのおかげで、日本人としての私に違和感を抱く者もいない。
『公立の学校から来たンじゃ、授業に追いつくのは大変でしょう?』
と私を心配してくれた担任教師の、暴力ナシの懇切丁寧な放課後特別講習を受け、あっという間に一般的な学力も身についた。
だが、調子に乗ってはいけない。
知ってるコトも出し惜しみして。
いかなる場面でも、平均的な自分を演出して。
目立たぬように、目立たぬように…



