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あの日、一さんは俺を病院の屋上に呼び出した。




金木犀の香り漂う、秋の夜のことだった。







「急に呼び出して、悪かったな…。」





そう言って顔を上げた一さんのその瞳には、もう、なにも、映っていなくて、


俺は少し、ぞくり、とした。





「やめてくださいよ。そんなの………」




嫌な予感を振り払うようにわざとらしく笑った俺に


「俺はもう、長くは生きられない。」



現実を突きつけるみたいに




一さんは俺の目を、しっかりと見据えてそう言った。








……―まるで、現実から逃がさないぞ、とでも言うように。






「そんな………。嘘だ………。」




俺は、そんなこと、認めたくなかった。




「いいや、嘘じゃない。自分の体のことだ。自分がいちばんよく分かっている。」





一さんはハッキリとそう言う。





確かに、一さんは少し前から度々発作を起こすようになっていた。



そして、その頻度は日に日に多くなってきている。












………でも、担当の医師は、


まだ、そんな、



一さんの生命の終わりが近いなんて



そんなことは、言っていなかったはずだ。










俺は、どうしても理由をつけて認めたくなかった。