「ううん、いいんです。今は伊織さんの好きなようにさせたいですから」
きっと、たぶん。伊織さんには何もかも初めての体験。
生き物好きで子犬を飼っていたという伊織さんだけど、葵和子さんから悲しい話を聞いた。マンションで飼ってた犬は、あの家政婦が勝手に保健所に連れていき処分されてしまったのだ……と。
だから、伊織さんは子犬の成長も新しい命の誕生も体験していない。ペットをこれだけ長く飼ったのは初めてだ、と彼も話してたから。動物好きでもいろんなことが新鮮なんだと思う。
子犬を亡くした悲しい経緯もあるし、だから金魚とはいえ花子のことをあれだけ心配してたんだ。
本来なら、小学生あたりでする経験を今してる。あれこれ嬉しそうに工夫する彼を、どうしても止める気にはなれない。
『理解、ありすぎだよ碧ちゃんも。でもさ』
はぁ、とスピーカーの向こうで美帆さんがため息をつくのが聞こえる。
『もうちょい、わがままになったってバチは当たらないと思うよ? 夫婦ってのは対等な関係でないと続かない。言いたいことを伝えられないと、ガマンし過ぎだといつか壊れちゃうもんなの』
「……はい」
私からすればお姉ちゃんのような美帆さんからの言葉は、的を射てるだけに胸に刺さる。だから、自覚があるだけに返事がつい小さくなってしまった。
『まったく……コールドマンも、やっと人間に戻れば今度は新妻放って金魚Love? ほんと訳がわからないわね。碧ちゃん、ほんとにあんなので良いの?
まだ若いんだし、子どもいないならいくらでもやり直せるよ?』
「え……」
何を言われたのかわからなくて目を瞬いてると、美帆さんが更に言葉を重ねてきた。
『あんな不器用で無愛想より、碧ちゃんを幸せにしてくれそうなやつに心当たりあるから。セッティングしようか? ホテルでの食事会』



