「どうした? 泣きたくなるほど気分が悪いか?」
「い……いえ」
私を心配して狼狽える伊織さんが、かわいくていとおしく感じる。
普段は冷静で落ち着いたひとなのに、こうやって素の自分を見せてくれる。伊織さんが気を許した数少ない人間のひとりになれた事実が、とてつもなく嬉しかった。
「気分は悪くありません。ちょっと……昔を思い出しただけです」
「昔?」
「はい。こうやって、伊織さんのそばにいられて……とても幸せだなって」
伊織さんが掛けてくれたジャケットの襟をかきあわせると、羞恥心を抑え素直な気持ちを彼に伝える。
そして図々しいかなと思いながらも、伊織さんのワイシャツの袖口を軽く指先で掴んだ。
「……ありがとうございます……家族になってくださって。私もおばあちゃんしかいなかった……だから。伊織さんが家族になろうとおっしゃってくださった時……驚いたけど……すごくしあわせでした。
いいえ……私は伊織さんのそばにいられるだけでしあわせです」
きゅっ、とわずかに力を込めて袖口をつまむ。私の言いたいことが理解できたのか、伊織さんは私の指先に手を伸ばしてそこを手のひらで覆う。
「……おれもだ」
「え?」
かすれた声でささやかれて、よく聞こえずに顔を上げれば。伊織さんは微かに笑みをたたえた口元で再び呟く。
「おれも、しあわせだ。おまえがそばにいるだけで……」
ありがとう、とコツンと額に額を当てられて。気づけば沸騰しそうな程に顔が熱を帯びてた。



