「本当に効くのか?」
「わからないですけど、ものは試しですよ」
伊織さんは訝しげに陳列されたココアを見遣る。人間の飲み物を生き物の水槽に入れるなんて。私も違和感があるけど、何もしないよりは……と思う。
「お砂糖や乳製品が入ってない純粋なココアがいいみたいです」
とりあえずココアの袋をかごに入れて、今更ながら気づいた。伊織さんとこうして買い物をするのは初めてだと。
伊織さんはついさっき汗を拭い髪を整えたから、きちんとしたサラリーマンに見える。急いで来たとは思えないほど涼しげな目元に、遥かに高い身長。整った顔は今でも見とれてしまいます。
「碧、どうした?」
ココアを見ていたはずの伊織さんの視線がこちらへ向いた瞬間、ドキンと心臓が跳ねて。名前を呼ばれて二度目に跳ねて。そのまま鼓動が速くなる。
「あ、な……なんでもないです」
あわあわと慌てて視線を外そうとすると、急に伊織さんの手が私の額に触れてきたから。ギシッと体と頭が固まった。
「顔が赤いが……熱はなさそうだ。まだ夜は寒いのだし、気分が悪いなら早く言うんだ」
バサッ、と肩に僅かに重みを感じると。伊織さんがジャケットを脱いで私にかけてくれたのだと知った。慌てて顔を上げると、言おうとしたことを先回りされてしまう。
「ここは体が冷える。風邪をひいておれの不味い飯を食いたくなけりゃ、素直に着てろ」
ジャケットに僅かに残る伊織さんのぬくもりと彼のあたたかさに、じんわりと涙が出て視界を白く滲ませた。



