契約結婚の終わらせかた番外編集




一瞬、心配し過ぎなんじゃ? と思ったけど。いつもは力強さを感じさせる瞳が心細さに揺れているのを見て、はっと気づいた。


そういえば、伊織さんは家族で買い物をした経験が無かったんだ。普通の少年時代じゃなかったから。


家族がおばあちゃんしかいない私でも、年末年始の買い物なんかはおばあちゃんと一緒に行ってた。その時商店街の甘味処で食べるクリームあんみつが楽しみだったっけ。


幼心に買い物というイベントはすごくわくわくして心浮き立つ出来事。多少親元から離れてもへっちゃらで、むしろ自分で好きに動き回ってあれこれ見たい誘惑に駆られたもの。


迷子になっても親が……私の場合はおばあちゃんが必ず探して連れ帰ってくれる。その絶対的な安心感と信頼があったから、自分の好きに出来たんだ。


けど、伊織さんにはその“当たり前”な経験がない。


私が野菜売り場にいなかっただけで不安になってしまう。30を過ぎた成人男性としては情けないし頼りなく思えるけど、たぶん伊織さんの根深いトラウマ――親にも助けてもらえなかった絶望――を刺激してしまったんだと思う。


ひとは、ほんの些細なことで不安になったり迷ったりする。


完璧じゃない、弱さや脆さを見せてくれる。そんな伊織さんだから私は好きになれた。


きゅっ、と伊織さんの指を握りしめた私は、彼の手のひらに自分のそれを重ねあわせる。


「大丈夫……私は何があっても伊織さんを置いていったりしません。ずっと一緒にいますから」


とんとんと彼の手を軽く叩けば、伊織さんの表情が和らいで力強さが戻っていった。


「ああ……ありがとう」


強く、強く。伊織さんは私の手を握りしめた。