けれど、私は一人一人の状態を知ることはできない。 知る、ということはすべてを告げる事であり、探るということである。 それに多大なリスクがあることを私は知っている。 それは玲であっても同じ。 「救ってくれ」と言われても玲はすべてを知らない。 何を見てそう思ったのか、そう感じたのかそれが分からない限り、誰がどういう状況なのか私にはわからない。 どこまであるのか、ないのか。 それすらもわからない。