昨日、店から無言で出て行った市川さんがどうしたのかは知らない。2階の自分の部屋へと戻ったのなら音で目が覚めるだろうって思ってたけど、それもなかった。部屋に戻らなかったのか、もしかして、店で寝たとか?

 どういう顔をしていいのか判らないまま、喉の渇きに負けて私は1階へと降りる。

 時刻は朝の6時45分。いつもの市川さんなら、起きて掃除なんかをしている時間だ。

 店へと降りる階段の一番下で、木のドアをゆっくりと開けてみた。

 流れてくるのはいつもの朝の音。お湯が湧く音、開け放したガラス戸から風が入ってブラインドを揺らす音、それから市川さんが箒を使う音。

 私はドアを開けた。

 店の入口辺りを掃除していた市川さんが、屈んだ姿勢のままで振り返る。そして、言った。いつもと同じ声色と笑顔で。

「メグっち、おはよー」

「・・・おはよう、ございまーす」

 うーん、普通だ。普通だな。じゃあ私も、普通で・・・きっと昨日のことは会話にしないって暗黙の了解なのだろう。じゃあそんな感じで・・・。

 考えながらカウンターに入り、冷蔵庫から水を出していると市川さんの声が聞こえてひっくり返しそうになった。

「昨日、寝れた?二日酔いになってないかー?」

「え、え?」

 あ、するの、昨日の話!?

 私は慌てて水をカウンターにおいて、とりあえず返事をする。

「あ!眠れ、ました。あの・・・市川さんは部屋に戻ったんですか?」

 彼はにっこりと笑った。