昼間は家の中で過ごして、夕方になったら公園や海に行くことが、わたしと碧汰の日課。

夕方6時のサイレンを合図に、畳や机に広げていた宿題とゲームを片付けて、碧汰は一旦自分の家に帰る。

お互いに何も確認しなくても、このあと外に出ることはわかっていたから、汗で湿った服を着替えて家の前で碧汰を待つ。

数分もせずに、Tシャツを着替えた碧汰がアイスの袋を手にやって来た。


「はい、海琴の分」
「ありがとう」


おやつは食べたし、夕飯前なのに、と思いながら、冷たいものの誘惑には勝てずに素直に受け取る。

アイスをかじりながら、5分ほど歩くと海が見えてくる。

隣を歩いていた碧汰がぱっと追い越して、浜辺に飛び降りた。

砂を蹴って駆け出した碧汰はあっという間に波打ち際へとたどり着き、振り向くと手を振って声を張り上げる。


「海琴! はやく来い!」
「ええ……いやだー!」


まだ日が落ちきっていない砂浜を、サンダルで歩くのは嫌だった。

なおもしつこく呼ぶ声を無視して、碧汰が飛び降りた場所より先にある階段の上段に座る。


「海琴ー!」
「行かないってば!」


大きな声で叫び返すと、碧汰は唇を突き出して不満そうに走ってくる。


「なんでだよ。体調悪い?」
「ちがうよ。まだ砂が熱いでしょ? だから嫌なの」


日中ずっと太陽の光を受け止めていた砂浜は、裸足で歩けば足の裏を火傷してしまうくらい熱くなっている。

サンダルが砂に埋まって足がひりつく痛い経験をして以来、慎重になるわたしとは違って、裸足でも平気で走り回る碧汰はきっと足の裏の皮がとびきり分厚いのだと思う。


「海琴のけち。けーち」
「そんなこと言われても行かないからね」


ぶうぶうと文句を言われても動かずにいると、諦めたのか碧汰もひとつ下の段に座って、落ちていく太陽に目を細める。

太陽と同じ色に縁取られた碧汰の横顔、光る輪郭を目でなぞっていくと、揺れる髪の毛の隙間に丸い耳が覗く。

そこには、耳の縁に被さるように器具が装着されている。


人工内耳。

碧汰の耳には、聞こえを助けるための機械がついている。


昔、それはなに? と聞いて教えてもらったくらいで、あまり気にとめたことはない。

出会ったときには、話をするのに特別意識することが見つからないほど、碧汰は正確に音を拾っていたし、正しい音で言葉を発する。

だからわたしは、碧汰の難聴がどの程度なのか、何も知らない。

身体のことだから、安易に聞いてはいけないのかもしれない。

年齢が上がるほど聞きづらくなって、改めて尋ねることもしなかった。