照り返しがまぶしい。

年季の入った扇風機はときどきガガッと変な音を立てて止まるし、戸を開けていたってぬるい風が抜けていくだけ。

汗でべたつく首をタオルで拭い、一昨年の夏祭りの案内がプリントされたうちわをばさばさと扇いでいると、背後から日に焼けた腕がずいっと伸びてきた。


「みーこーと! そらっ!」
「わあっ!」


耳元で発せられた大きな声にも驚いて、さらにその手に握られているものと目が合った瞬間に叫んでいた。


「やだっ、やめて! 離れて!」


特大サイズのセミ。黒く丸い目にはわたしの怯えた顔が映り込む。


「ぶはっ! 海琴、いいリアクション!」
「碧汰!」


わたしの反応を面白がって、セミを持ったまま盛大に吹き出す碧汰を睨みつける。

まずいと思ったのか、碧汰はセミを後ろ手に隠した。


「なにびびってるんだよ。去年はセミ捕りしてたのに」
「だって、気持ち悪いんだもん」


わたしが部屋の隅に離れると、碧汰はセミを隠すのをやめて自分の目の前に掲げた。

気持ち悪い? どこが? とでも言いたげな顔で、まじまじとセミを見つめる。

碧汰の言うように、去年は遊びのひとつに虫集めをしていた。

ただ、今思うとどうして平気で触れていたのかもわからないほど、気持ちが悪いと感じてしまう。


「気持ち悪いは、よくわからないな。一生懸命生きてるんだから、そういう言い方はちがうと思う」


笑いの一切ない声色で言うと、碧汰は縁側から庭に下りて、木の幹にセミを放した。

手に収まっている間は静かにしていたのに、自由になった途端にジージーとやかましく鳴き出した。

姿は見えないけれど、周りの木にいた他のセミも呼応するように鳴き、庭で大合唱が始まる。


縁側に腰かけ、さっきわたしが驚いたときに放り投げたうちわを扇ぎながら、碧汰がぽつりと呟く。


「セミとか、昆虫も、生きてる間に見つけられるのかな」
「なにを?」
「生きてる意味ってやつ。土の中にずっといて、ようやく外に出てきたんだろ。したいこととか、行きたい場所とか、あるのかな。もしそうなら、こんな狭い木しか知らないのはかわいそうだと思う」


真面目な顔で何を言い出すかと思えば。

たかが虫でしょう、と口にしかけて、その横顔があまりにも真剣で言葉を飲み込む。

碧汰は去年辺りから時々、こういう知らない顔をするようになった。


「わたしだったら、生きてる間に見つけられないかも」


虫の気持ちなんて、わからないし知らない。

わたしがわたしのまま、セミのように短い命だったらと想像するのが限界だ。

生まれてからしかその意味を探すことはできないのだから、余りにも時間が足りないと、そう思う。


「そうだよな」


笑われてしまうかもしれないと身構えていると、碧汰は納得したように頷く。


「だから、さいごまで鳴き続けるのかもな」


それきり黙ってしまった碧汰とふたり、しばらくセミの声を聞いていた。