なつの色、きみの声。



小波の音とうみねこの鳴き声だけが行き交う。

言葉のいらない時間は、わたしたちの間に昔からあったけれど、今は少し緊張してしまう。


「なあ」


声変わりをした低い声が、わたしの耳に届く。


「ばあちゃんのことは、聞いた?」


こちらを気遣うような声音。

声の質が変化しても。そこに滲む優しさは変わらない。


「ついこの間知って、それで今日来たの」


5年間、連絡ひとつしなかったわたしにおじいちゃんは何も言わなかった。

歓迎してくれたことが少しだけ、痛かった。

どうしてと言われたって答えられないくせに、触れられたら困るくせに、全く何も言われないと、あの日から今日までの自分を許していいのかわからなくなる。


「そうか。ばあちゃん、海琴が会いに来て喜んでるよ」


柔らかい笑みを浮かべる碧汰に、どう返事をすればいいのか迷って、頷くだけにした。


「今日は泊まっていくのか?」
「ううん。このあと帰るよ」
「じゃあ、母さんたちに会うのはまた今度だな。ここまで来るのも大変だっただろ。どれくらいかかった?」
「2時間半くらい」


また今度が叶わなかった過去があるから、口にするのを躊躇っていたのに碧汰はあっさりと言ってしまう。

わたしがそれに反応しなかったとき、碧汰は少しだけ目を細めた気がしたけれど、眼鏡のレンズ越しの瞳からは気持ちを読み取ることができない。


「2時間半、か。遠いのか、近いのかわからないな」


太陽の光を遮るように手のひらをかざす碧汰の横顔が、記憶の中で止まっていた頃の姿と重なる。


隣にいるのに、手の届かない場所にいるような心地になる。

近いのに、遠い。

触れられる、わたしが手を伸ばせば。

あの日伸ばさなかった手を、今なら。


「そう……」


真っ直ぐに、手を伸ばそうとしたとき。


「碧汰!」


よく通る声がわたしと碧汰の間を切り裂く。

声のした方を見ると、護岸の辺りから手を振る女の子がいた。


どく、と心臓が嫌な音を立てる。

冷たい汗が滴って、広い砂の上に落ちた。


「美奈希」


わたしを呼んだときと同じ声のトーンで、碧汰があの子の名前を呼ぶ。

柔らかく弾む声の色。

あの子を見つめる碧汰は、胸騒ぎがするほど、優しく穏やかな目をしていた。