なつの色、きみの声。



「おじいちゃん。わたし、手紙を読んでここに来たの」


おじいちゃんは少しだけ、驚いて目を見開いていた。

そうか、と小さな声が聞こえて、しっかりとおじいちゃんを見つめる。


「ずっと、待たせちゃったけど、おばあちゃんにあいさつしたい」


おじいちゃんは細い目を潤ませて、仏壇のある部屋に案内してくれた。

この家の中で一番風通しがよく、庭を見渡せる部屋だ。


「おばあちゃん、優しくしてくれてありがとう」


心細さを抱えてこの家に来たわたしに、親身になってくれたから。

家に帰りたいと夜中に泣いたときにも、眠れるまでそばにいてくれたから。

この家で感じる寂しさは少しずつ減っていって、その分安心できる場所になっていた。


あの日、一緒に暮らそうと言ってくれたことを、今更返事はできない。

それでも、嬉しかったことだけは、伝えたかった。


「海琴」


いつの間にか離れていて、そして戻ってきたおじいちゃんがわたしのそばに座る。

その手には写真立てと小さな桐箱。


「それは?」
「海琴の小さい頃の写真。おばあちゃんが大事にしていて、いつか海琴にと預かってた」


様々な貝殻で縁取られた写真立ては、昔おばあちゃんと一緒に作ったものだ。

おばあちゃんに抱えられて満面の笑みを浮かべるわたしの写真が飾られていた。

桐箱の中にも大量の写真が入っていて、撮られた覚えのないものまである。


「ありがとう。でも、これ、今は受け取れない」


もし、お母さんに見つかったら、どうなるかわからない。

わたしの表情が曇ったのを見て、おじいちゃんは眉をひそめた。


「満には黙って来たのか?」
「うん。どうしても、言えなくて」
「それなら、今日のことは満には黙っていなさい。近いうちにおじいちゃんが電話で話してみよう。今度は満も一緒においで。そのときまで、預かっているから」


おじいちゃんの言葉は心強く、任せて大丈夫という気持ちになれる。

写真を持って居間に行くと、縁側に座る大宮くんがいた。


「大宮くん」


声をかけると、麦茶の入ったグラスを持って振り向く。


「ちゃんと話せた?」
「話せたよ。おばあちゃんも、おじいちゃんも。来てよかった。ありがとう」


お礼を言うと、大宮くんは良かったなと珍しく笑っていた。


大宮くんの隣に座って、桐箱の中に入っていた写真を床に並べる。

この家で過ごした時間が、こんな風に写真で残っているとは思わなかった。

カメラを向けられるときはあったけれど、写真をもらったことはないし、素直に受け取らなかったと思う。


「こいつ、よく写ってるな。誰?」
「お隣の、碧汰」
「会いたいやつってこいつか」


碧汰と一緒に写った写真を持ち上げて、大宮くんがさらりと放った発言に目を丸くする。

昨日、大宮くんの前で碧汰のことは口にしなかった。


「昨日も顔に出てた」
「それは……もう、大宮くんがすごいよ」
「会いに行ってこいよ」


わたしの動揺なんてつゆ知らず、大宮くんは呑気にお茶を飲む。

わたしの分のグラスを持ってきてくれたおじいちゃんに、まずは聞いてみることにした。


「おじいちゃん、碧汰は家にいる?」
「いやー、今朝出かけてたな」
「えっ、うそ」


まさかの返答に、受け取ったばかりのグラスを落としそうになる。

ふっ、と笑う声が聞こえて横を見ると、大宮くんが肩を震わせていた。


「ふ、ふはっ、出かけたって。タイミング悪すぎ」
「ねえ、全然笑うところじゃないよ」


わたしも大宮くんもバイトがあるから、遅くとも14時のバスには乗りたい、というかそれを逃したら間に合わない。

朝から出かけているのなら、このあと帰ってくるかもしれないけれど、おじいちゃんは行き先を知らないと言うし八方塞がり。

置き手紙を用意するか、連絡先を伝えてもらうかと色々考えていると、大宮くんがスマホを片手に言う。


「6時がリミットだからな」
「え?」
「田上さんが相模のシフト代わってくれた。ホールは今日人余ってるからいいって」


今の一瞬でそんな連絡ができたのか、そんなわけがない。

ホールスタッフの確認はきっと別の人にしたのだろうし、いつからそんな根回しを困惑しながら、でも、と口を挟む。


「そんな急に頼めないよ。昼までに会えなかったら、帰ろう。次はひとりでも……」
「来ないだろ」


わたしの言うことを遮って、大宮くんははっきりと言い切る。


「本当に会いたいなら、逃げるな」


大宮くんは碧汰とわたしの関係を知らないし、興味もない。

それなのに、見透かしたような瞳が少しだけ怖くて、そっと視線を逸らした。