なつの色、きみの声。



バスを降りると、潮風がぶわりと髪を巻き上げる。

限りなく、どこまでも続く海を見つめていると、大宮くんが隣で感嘆の声を上げる。


「すごいな。遮るものがないから、景色が遠く見える」
「壮観だよね。砂浜、寄っていく?」
「いやいい。用済ませるのが先だろ」


目が輝いていたのを見逃さず、誘ってみるけれどはっきりと断られた。

古民家が立ち並ぶ道をしばらく歩くと、おじいちゃんの家が見えてくる。

何度も碧汰と往復したこの道を、忘れてはいない。

頭のてっぺんに照りつける太陽の光から逃れるように歩くスピードを速める。


懐かしい屋根の色が見えて、家の前で立ち止まる。

【相模】と書かれた表札を見て、家に敷地に足を踏み入れる。


すう、と深呼吸をしてからインターホンを押すけれど、かぽかぽと乾いた音を立てるだけで手応えがなく、壊れているようだった。

縁側に回るか玄関から声をかけるしかない。


「こんにちはー……」


頑張って絞り出した声は思うよりもずっと小さく消え入りそうで、自分の手を見下ろすとわずかに震えている。

ちらっと横目に大宮くんを見ると、物珍しそうに家屋の外観を見回していて、こちらを気にも止めていなかった。

その様子に少しだけ気が抜けたとき、家の中から慌ただしい足音が聞こえて、ドアが外れてしまうんじゃないかってくらい勢いよく玄関が開いた。


「み、海琴、か?」


タンクトップにハーフパンツ、顔にはシワが増えて短い髪とぽつぽつ浮いた髭は白く、わたしの知っている姿よりもずいぶんと痩せていた。

でも、間違いなく、おじいちゃんだ。


「おじいちゃん、あの……突然訪ねてきて、ごめんね。なんて言ったらいいか……」
「海琴」


噛み締めるように名前を呼んで、おじいちゃんはわたしの両肩を掴んだ。


「よく来た。こんなに大きくなって、もう高校生だものな」
「うん、今年17歳になるよ」


骨ばったおじいちゃんの手を取って、ぎゅっと握る。

風に乗ってふわりとこの家の香りが流れてくる。

夏の間はわたしもまとっていた懐かしい香り。


おじいちゃんはわたしの顔をまじまじと見つめて、くしゃっと顔を綻ばせた。


「満に似てきたなあ」
「お母さんに?」


そんな風に言われたことはなくて、毎日見ている自分の顔にそう感じたこともなかったからピンと来なくて首を傾げる。

何より、おじいちゃんがお母さんの名前を出すとは思わなかった。


「お母さんと……折り合いが悪いんじゃないの?」


言葉を選ぶのに少しだけ、間が空いた。

嫌っているんじゃないの? と聞くのは、違う気がして。


おじいちゃんはどちらかというと寡黙な人で、声を荒げたり怒られた記憶はほとんどない。

それはお母さんに対しても同じで、直接お母さんと話している姿は見たことがない。

おばあちゃんとお母さんの雰囲気が良くないときに、そっとわたしを遠ざけてくれる役回り。

それでも、おばあちゃんと意見は一致していたから、わたしをここに住まわせる話になっていたのだろう。


「満は大事な娘だよ。おじいちゃんにも、おばあちゃんにも」


おじいちゃんはどこか寂しげに言った。

おじいちゃんの口からおばあちゃんのことが出てきて、わたしも大事なことを話す決意をする。