なつの色、きみの声。



2階建てアパートの角部屋に入ると、廊下の先のキッチンにお母さんが立っていた。


「おかえり、海琴」
「ただいま」


紙を片手に冷蔵庫や棚を開けていて、覗き込むと予想通りの買い物メモ。


「週末行く? 昼間だったら手伝うよ」
「ううん、明日の仕事終わりに買うからいいよ。ありがとうね。ご飯、用意できてるから着替えておいで」


そう言われて、居間と続いた隣の部屋へ。

家には二部屋しかなく、そのうちの1つは居間として使っている。

もう1つの部屋はわたしにくれて、お母さんの私物は全て居間の隅に置いてある。

夜には狭い居間の物を避けて布団を敷くのを見て、一度引き戸を外して一部屋として使うかと聞いたことがあるけれど、気にしないでと言われて数年このままだ。


着替えて居間に戻ると、テーブルの上にはメインの鶏つくねと水菜のサラダ、味噌汁が揃っていた。

お母さんにお礼を伝えてから、定位置に座る。


「いただきます」


熱々の味噌汁を一口飲んでからつくねを箸で割る。

ひとかけら口に入れると、甘辛いタレの味が舌の上に広がった。


「このタレ、食べたことない味だね。おいしい」
「そう? よかった。この間テレビで、ウスターソースを入れるといいって観たから試してみたの」
「おいしいよ、かなり好きかも」


おいしい、とか好きな味だったらお母さんに伝えるようにしている。

高校生になって、自分でご飯を作る日もあるけれど、ほとんどはお母さんに任せてしまっているし、言葉で感謝は伝えていたい。

お母さんが嬉しそうに笑うと、わたしも嬉しい。


食べ終えた後の洗い物を後回しにしてお風呂に入っている間に、食器は綺麗に洗われていた。

ベランダの掃き出し窓を開けて、火照った体を冷ます。

お風呂上がりだけは、エアコンの風ではなく自然の風を受けるのが好き。


ふと、幼い頃のことを思い出す。

碧汰は夜に家に来たまま、自分の家に帰らずに泊まることが何度かあった。

ふたりでひとつの布団に入って、朝まで起きていようなんてはしゃぐくせに、結局先に寝息を立てるのはいつも碧汰だった。

朝方になると肌寒くなり、タオルケットを奪い合って目が覚める。

先に起きた方が、まだ眠っている方にいたずらをしかけるんだ。

これも、後に起きるのは碧汰が多かった。

脇をくすぐるのが常套手段で、朝から騒がしいとおばあちゃんに叱られるまでがセット。


こんな風に穏やかな心持ちで過去を懐かしむときもある。

ただ少し、寂しさを含んでいるだけで。